子供を育てにくい気が

 知らない間に子供の夏休みも終わりに近づいている。
先日、「プールでいじめられている」と言っていた親子
に、久々にスイミングスクールで会ったので、よしてお
けば良いのに、
「その後、どう?学校には連絡した?」
ときいてみた。
 そしたら、待っていましたとばかりに、喋るママ。
やはり、よほどストレスだったのだろう、と、本当に
気の毒に思う。
 学校に電話したら副校長先生(昔の教頭先生)が出て
きて、
「そういうことをした生徒全員の名前を教えてください。」
ときかれて、全員の名前を言ったのだという。マスコミが
騒いでいる例の事件のこともあるから、学校はいじめにつ
いてものすごくナーバスになっているのだ。
 さらに、そのメンバーの中に例の悪ガキ、同じクラスの
「タツヤ」の名前があったので、その「タツヤ」について、
特に念入りに色々きかれたそうだ。
「タツヤ君は完全にブラックリストに載ってるのよ。さら
に、いじめたリーダーのタケシ君は、一学期の面接、最終
日の一番最後の時間だったそうだから、他にも問題があっ
て先生から、かなり、しぼられたらしいよ。」
 と言って、彼女が話してくれたことには、何でも、隣り
のクラスで、タケシ君と、その他のやんちゃ坊主数人が、
ハジメ君という同級生を徹底的にいじめている、と言うのだ。
私は思わず、
「ハジメ君、やられそう!」
と叫んでしまった。
 ハジメ君は昨年同じクラスだったのだが、極度のアレルギ
ー体質で体中湿疹が出ていて、給食も食べられずにお弁当。
弱視で目も悪いし、日光アレルギーもあって夏も長袖だ。
うちの息子は同じ班になることが多かったのだが、給食の時、
こちらが何もしていなくても、ハジメ君が自ら、
「どうせ、俺なんか仲間はずれだから」
と卑屈になって机を離したりするので、息子は扱いに困って
いた。しかも、同じ班の女子は、思いっきり、「うざい!」
と言って、ハジメ君を避けて、机を離していたので、その板
ばさみ、という意味でも、息子は混乱していたようだ。
 二年の最後の頃は、息子とは大分仲良くなって、
「オレ、優しくしてあげたんだもん。」
と息子は自慢げだった。そういうことは自慢するものでは無
いと言いたいところだから、そこは、まだ子供なので黙って
いたのだが、つまり、息子が「優しくしてあげた」と、わざ
わざ言うくらい、彼はクラスでもちょっと浮いていたのである。
その子が、いじめを受けているというのは、可哀相だけれど
なるほど、という感じである。
 そして、当然、それが問題になり、隣のクラスでは、
多くの母親が、
「そういえば、タケシ君が一人をいじめている、という話し
がある」と噂を始め、タケシ君はすっかり問題児となってしま
った。私も、明らかにタケシ君が悪い、と思うし、ハジメ君が
気の毒で仕方がない。
 友達のママは、
「うちは昨年同じクラスでさんざんやられたから、今は隣
のクラスで良かったな、って思うの。メンバーの一人のタツヤ
君は同じクラスだけれど担任の先生が相当しめているから教室
ではおとなしいしね。」
と、先日の電話よりは落ち着いた様子だった。
私は、
「うちのクラスではタツヤは確かに問題があるけれど、
そういう同級生とうまく距離をとる勉強も大切だと思うよ。」
と言ったのだが、驚いたのが、他のママの対策である。
「この前、タケシ君と同じクラスのヒロキ君のママに会って、
ヒロキ君もおとなしいタイプだから、様子をきいたら、何と、
”夏休みのプールは、学童ばかりで、タケシ君もいるし、
いじめられるのが目に見えているから行かせてない”って
言うのよ。他のお母さんはそこまで考えているんだ、と思って、
私ったら呑気に普通に学校のプールに通わせて息子に可哀相な
ことをした、と、反省してるの。」
ときた。
 私は、正直、問題が起こる前に親が手を打つことには強い
違和感を覚える。殊に、男の子を育てるのに、それで良いのか?
と思う。社会ではもっと厳しい、いじめもあるのに・・・。
しかし、今日会った友達のママは、来年からは夏休みのプール
に息子を通わせようとはしないだろう。
「何しろ、夏休みのプールなんて、学童は全員来てるし、
危険極まりない。それにしても、いじめリーダーのタツヤ
君だけが学童でもないのに、どうして、あんななのかしら。
彼が学童なら納得するんだけど。」
というコメント・・・まあ、確かに、学童には、目立つ男子
が多いけれど、そこまで悪い子ばかりでもないと思うのだが。
 と、そこまで考えて、ふと、うちの子は大丈夫だろうか、
と思う。私は、多少評判の悪い子とも、どんどん付き合って、
身の処し方、悪いことの見極め方、距離のとり方を、経験か
ら学んでほしいと思っているのだ。しかし、もしも、他の母
親たちが、その「評判の悪い子」の排除を始めたら、うちの
子がその子たちと遊んでいることで避けられたり、「評判の
悪い子」としか遊べない、ということになってしまうかもし
れない。さすがに、それはちょっと心配なのだ。
 本来は、昔のように、極めて評判の悪い子から、極めて評
判の良い子まで、皆が大勢でぐちゃぐちゃに混ざって野球を
したり、ドッヂボールをしたりする中で、トラブルあり、
一時的ないじめあり、グループ同士の対立あり、どっちもど
っちという言い合いをしながら、嫌な思いをしながら、成長
していくのが理想だと思う。
 さらに、それは、出来れば小4くらいまでに経験してほしい。
高学年になると、力も強く、知恵も付いて、いじめが本格的
いじめになってくるし、小4までで、小さなトラブルを経験して
判断力や付き合い方、味方と団結する知恵を付けてほしいと思う
のだ。
 それが、「評判の悪い子」を低学年のうちから排除してしまう
と、その子たちは行き場を失って、幼いうちから「評判の悪い子」
同士でかたまってしまう。それは彼らの成長のためにも良くない
し、「評判の良い子」にとってもプラスにならないと思うのだ。
大体、私から見ると、「評判の良い子」にも問題がある。主張が
出来なかったり、仲間が意地悪をされても自分は逃げてしまった
り、しかも、何かと、トラブルの前に、母親たちが我が子を守っ
て危険から遠ざけてしまうので、判断力も劣っているように見え
る。ママに指示されないと決断出来ない、という感じだ。
 子供なんて、全員が発展途上で、全員が問題をもっていて、
これから大人になるまでに善悪の判断が出来るようになって、
自分に出来る対処のしかたを覚えて成長していくものなのに、
その経験を、全ての子供から奪ってしまって良いものか、と、思う。
 だからといって、周りの母親が自分の息子を囲って友達を選ぶ
中で、息子だけ友達を選ばずに遊ばせる、というのも、やはり心配
な親心。母子みんな、もっと大らかに、もっとお互いの成長を考え
ながら、幅広い友達付き合いをさせられないものか、と思う。
何だか息苦しくて子育てしにくいな。
 息子は、そういう中で、評判の悪い子とも、評判の良い子とも、
仲良くして、良く頑張っているな、と感心すると同時に、来年から
学童がなくなった時に、塾に通わない息子が、母親たちから悪評高
い学童の子とばかり遊ぶようになるのも、何となく心配。
 でも、彼らには短所と同じくらい長所もあるよ、と信じたいし、
息子には同級生たちの長所と短所の両方を見極めながら、悪いこと
には付き合わず、それでもいじめられないポジションを築いてほしい、
と、無理な願いながら祈っている。
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by akira_dai | 2012-08-25 20:04 | Comments(0)

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。