おたふくかぜ

 記憶というものは面白くて、1つのことを
思い出すと、それが昨日のことのように思い
出されて、次々と忘れていたことを思い出す
ものだ。そして、その忘れていたことが、今
の自分に対して、潜在的に大きな影響を及ぼ
しているんだな、と気が付いて驚くことがあ
る。昨日の話で思い出したことを1つ。
 小児病院の病棟というのは、まさに「異形
の子どもたち」の集まりである。「異形」な
どと言うと、差別だ、とか、可哀相だ、とか、
大騒ぎする人がたくさんいそうだが、そんな
ことを言う人たちはおそらく健常者だ。当人
たちは、自分たちが普通の人とは異なる身体
をもっていることを知っていて互いの気持ち
をある程度は理解できるので、「可哀相」な
んてことは絶対に言わないし思わない。症状
や辛さや重度は違っても、寿命さえ違っても、
お互いさまなのだ。お互いに、「大変だよね」
と慰め合ったり、支え合ったりすることはあ
る。生まれつき不自由だから、実は、それほ
ど苦に思っていない場合もある。
 入院中、普通に生活できる子どもたちは、
食事のたびに食堂に集まる。その光景は、な
かなかふつうの旅館や修学旅行では見られな
い映画のようなシーンである。四肢の一部が
無い子、明らかに頭が大きい子、黒目が片方
無い子、、、そのような、一見して障害がわ
かる子供たちが定刻に1つの場所に集まって
くる。異様だし、見方によっては怖い。看護
師さんに付き添われてやってくる子もいる。
車椅子も多い。ただし、昨日、登場した心臓
病の男の子のような重症な患者は食堂で食事
できない。自分のベッドの上で食事をするこ
とになる。異様な光景だが、食事が始まると
そこで交わされる言葉は、ごく普通の子ども
たちで、学校の給食のような和やかさがある。
誰も、病気のことには触れない。テレビ番組
や漫画の話、家族の話、自分が住んでいる街
の話などで盛り上がる。特殊で閉鎖的な空間
の中に外の世界と同じ日常がある。
 ある日、食堂に行くと、1つしか席が空い
ていなかった。仕方なく、そこに座ったけれ
ど、隣に座っている3、4歳くらいの女の子
の顔がものすごく腫れていて、両目はほとん
ど開いていないくらいに、瞼も、両頬もパン
パンに膨らんでいた。幼かった私は、(この
子はおたふくかぜに違いない。だから、こん
なに顔が腫れてるんだ!)と本気で思って、
隣に座ったものの、気が気でなかった。今思
えば、そんな感染するような病の子どもを食
堂に連れてくるはずがない。きっと別の、も
っと重篤な障害に近い病気だったのだと思う。
 けれども、当時の私は真剣だった。退院し
てからも、いつ、おたふくかぜが発症するの
だろう、と、不安で仕方がなかった。もっと
も、おたふくかぜは誰もが一度はかかる病気
なのだから、そこまで心配する必要もなかっ
たのだけれど、痛いのは嫌だった。
 ところが、その後、おたふくかぜにかかっ
たのは何と妹の方だった。妹は、左右の頬が
真っ赤に腫れて、「耳が痛くてご飯が食べら
れない」と言って泣きながら水分をとってい
た。それまで、はしかもみずぼうそうも経験
していたけれど、やはり、おたふくかぜが最
も恐ろしい!と私は思った。
 しかし、いつか経験するからには、恐怖を
克服しなければならない。それで妹と一緒の
布団で寝たけれど、いっこうに私はおたふく
かぜにならず、その後、学校で流行したとき
も私はかからず、ますます、私は、
(入院したとき、隣に座った子は、重症のお
たふくかぜだったんだ!妹は、私が退院した
ときに持ち帰ったおたふくかぜに罹ったのだ)
と確信した。そして、入院中に感染したから
私には免疫があるのだろうと考えた。
 はたして、大人になり、結婚をして子ども
が生まれ、子どもの予防接種で小児科に行っ
たとき、私は、
「おたふくかぜにかかったことがないので予
防接種を受けたいのですが」
と先生に申し出た。しかし、血液検査をした
ところ結果は「陽性」で、
「あなた、小さい頃に、おたふくかぜにかか
ったことがあるはずですよ。非常に軽くて、
気が付かなかったんだよ。」
と言われた。数値が低かったので、ちょっと
気になったけれど、先生にそう言われては仕
方がない。そのときにも、(あの時、隣に座
ったあの子はおたふくかぜだったのね。)と
いつものように思った。
 しかし、その後、仕事だ、保育園の役員だ、
で、忙しく過ごしていたある日、とうとう、
私はあこがれの「おたふくかぜ」に罹ってし
まう。保育園の大きな行事から1週間経った
日だった。強烈な痛みと何も食べられない辛
さに涙が出た。会社の上司や同僚には、「写
真を送ってくれ!」と笑われた。それが救い
だったので、笑ってもらおうと写真を撮った
のだけれど、笑える表情ではなかったので送
らずに捨てた。
 小児科の先生に、
「おたふくかぜにかかりましたよ!」
と、真っ赤に腫れた両頬をおさえながら文句
を言ったら、
「あー、ごめんね。前のはとっても軽かった
んだな。数値が低かったんだよ。二回目のお
たふくかぜだよ。免疫がちょっとしか残って
なかったんだなあ!ははははは!」
と笑われた。先生、私の腫れた顔を見て笑っ
てるよね・・・と恨めしく思った。そのとき
も、入院したときのあの子の顔を思い出した。
どうなのだろう。私の免疫はどこで形成され
たのだろう、と。
 あの子が、本当のところ、何の病気だった
のかはわからない。でも、私は自分がおたふ
くかぜに罹るまで、ずっと、あの子のことを
忘れることはなかったのだ。そして気が付く
と、おたふくかぜに罹ってから今まで、あの
子のことを思い出すことは一度もなかった。
そんな風に、ある人と特定の現象や病気が結
びついていることがある。誰かをふと思い出
す時というのは、今、その人に関する何らか
の出来事に自分が接している時なのかもしれ
ない。記憶って面白い。

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by akira_dai | 2017-02-09 13:26 | Comments(0)

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。