まさかのB型

 うちの子の血液型はB型だけど、これはインフルエンザの話。
もう学級閉鎖も終わったし、インフルエンザは過去のことと、
すっかり油断していたのだ。
 さて、春休みに入って中盤にさしかかり、今日は同じクラス
の友達から電話がかかってきて遊ぶことになった。やはり、家
で遊びたい、と言う。(どうして、家が人気なのかしらねー。)
で、彼はママと弟と一緒に昼過ぎにやってきた。
 地震が起こってから遊ぶこともままならず久々にママとも会
ったので、お茶をしながら、地震や原発の話しで私たちは盛り
上がり、息子は友達とその弟と一緒に、ゲームや野球盤で喧嘩
もしつつ遊んでいた。
 が、そのうちに、何か、息子の目が潤んできて、ごろごろす
るようになった。
「ちょっと風邪ぎみなんだよね~」
と放っておいたら、みるみる頬が赤くなり、本人はとうとう起
きられなくなって寝ころびながらリモコンをもてあそぶ始末。
 熱をはかってみたら何と38度も!これはいかん、と、遊び
を打ちきり、至急、病院へ行ったら、
「インフルエンザかも。」
「でも、先生、2月に学級閉鎖があって、その時は大丈夫だっ
たんですよ。周りにいませんよ」
と言ったら、
「それはA型。今はB型がピークなんだよ。」
だって。うわ~、地震や原発の心配でいっぱいになっていたら、
インフルエンザもまだ健在であったか!しかし、検査ではまだ
出ないだろうから、と、1日分のタミフルだけもらって、明日、
もう一度、検査のために出直すことになった。
 夜になったら熱は40度まで上がって、いよいよインフルの
疑いが濃厚に。タミフルを飲ませて、うなされている息子を見
ている辛さ・・・あー、春なのに、春なのに。インフルエンザ
の猛威を思い出した一日でした。一緒に遊んだ友達のママに、
インフルエンザの報告の電話をしなくちゃ!
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by akira_dai | 2011-03-31 23:25 | Comments(0)

やっと7歳に!

 今日は息子の誕生日。早生まれで、7歳になるのは、クラス
で一番最後。おめでとう!本人は結構、誇らしげ。
「7歳だから、こんなこともできるんだぜ。」
「4月1日からは二年生だぜ!」
と、意味なくえばっている。男の子らしい。
 あんなに小さかった赤ちゃんがもう7歳だもんね~。長いと
思っていたけれど早いね~。成長が嬉しい半面、寂しいと思う
親心。こういう寂しさは親にならないとわからないかも。
 それでもまだ甘えん坊の子供を、鬱陶しいと思いながらカワ
イイと思ったり。今年もしっかり元気に成長してもらおう。
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by akira_dai | 2011-03-30 23:22 | Comments(0)

がんばれ、お友達

 保育園時代のお友達から、「遊ぼう」と誘われて、今日、
久々にお友達が家にやってきた。彼は小学校も同じなのだ
が、クラスが変わった上に、あちらのクラスで問題児扱い
されており、他の友達との関係もあって、うちの子とも最
近ぎくしゃくしていた。
 二学期は、「あいつがヤキモチやいてるんだ!」と言っ
て、意地悪された、だの、自分もやり返した、だの、結構
過激なことの連続だったので、
「喧嘩しないで遊べるの~?」
と子供にきいたら、案外、嬉しそうに、遊べる、と笑った。
 それでも私は心配で、部屋で遊んでいる様子を遠目から
ずっと見ていたのだが、保育園時代と同じように、まった
く喧嘩せず、とっても仲良く機嫌良く遊んでいて、(あん
なに小さかった二人がこんなに大きくなっても仲良しで)
とウルウルしてしまった。
 その友達のママは今、3人目の赤ちゃんの育児休暇で、
入学後初めて家にいる。今日も迎えにやってきて、
「子供のストレスが発散できて良かった。」
と喜んでくれた。何も言わないけれど、学校の先生にも
何回も呼び出されているという話しを聞いたし、心配な
ことがいっぱいあるんだろうと思う。
 夕方、赤ちゃんのベビーカーを押すお友達と、二番目
の女の子の手を引くママの後ろ姿を見送りながら、がん
ばって、と、密かにエールを送った私だった。

 
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by akira_dai | 2011-03-29 23:16 | Comments(0)

子供も一緒に

 毎月定期的にとっている教材の3月号で、「おもいで
アルバムを作ろう」というテーマがあり、工作の好きな
我が子は、勉強の教材は放ったらかしで早速アルバム作
りに取りかかった。
 春、夏、秋、冬ごとにページを作り、イベントの写真
を貼りながら感想を書いていく。入学式、なぜか運動会
はすっとばして夏の旅行、秋の高尾山、正月に行った花
やしき、そして、最後に親への、親からのメッセージで
しめる。
 一人で黙々とのりづけまでして長らく集中し、ついに
完成!なかなか良くできてるじゃん、と、ぱらぱらとめ
くっていたら、最後の最後、裏表紙に、
「がんばれ日本!がんばれ、げんしりょくはつでんしょ」
と書いてあった。子供も応援しているんだなあ。がんば
らなくちゃなあ。
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by akira_dai | 2011-03-28 22:15 | Comments(0)

誕生日パーティー

 うちの子の誕生日は3月30日。そして、近い土曜日にお祝い
をするために親戚を呼ぶのが家のならわし。だが、この状況で、
お祝いするのか、皆が集まれるのか、と、寸前まで躊躇して、し
かし、毎年誕生日を楽しみにしている子供が可哀相だし、と思っ
て決行することにした。
 最初はしぶっていたばーばも、子供の「来て来て!」という電
話の後ろの声を聞いて来てくれたし、6か月の赤ちゃんがいる妹
も、「ずっと家にいるとイライラする!」と言って、はるばる横
浜方面から来てくれた。ありがたいことだ。
 停電でケーキも予約できないかも、と思っていたので、いきな
りケーキ屋に乱入して、その場で5号のケーキをゲット。いつも
よりちょっと小さめだけれど予約をしなかったんだから仕方がな
い。それでも、その場で、ちゃんとネームもお祝いの言葉も入れ
てくれて親切なケーキ屋さんだった。
 3時くらいから飲んで食べて、子供は小さな従妹をよくかわい
がって、楽しい一日になった。こういう時こそ、余力のある者は
楽しい気持ちも素直にもつべき、と思う。出来ることをやったら、
しっかり楽しんで、もちろん、不安や心配は尽きないけれど、気
分を切り変えながら進んでいこう。
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by akira_dai | 2011-03-26 23:44 | Comments(0)

後ろめたさ

 明日、子供の誕生日会を催すこともあり、少し早目に子供を
連れて近場のトイザラスへと出かけた。かなり前は、ポケモン
ホワイト(ゲーム)が欲しいと言っていたくせに、最近は、
「ベイブレードが欲しい!」
とはりきっている。友達が皆、持っているからだ。そろそろ皆
は卒業するんじゃないか、と思いつつ、ゲームより良いかもな
と思ってベイブレードに決めた。
 トイザラスで目的のベイブレードを購入して、うろうろして
いると、大量の紙おむつが山になって安売りしていた。2パッ
クが段ボールに入っている。被災地では紙おむつが不足してい
たな、と思って立ち止まった。確か都庁で救援物資を受け付け
ていたはずである。
 しかし・・・今日は車ではなかった。しかも、ベイブレード
のベイとスタジアムがかさばって、結構な荷物になっていた。
段ボールの紙おむつはとても持ち帰れない。ベイブレードを返
品することも一瞬考えたが、結局、おむつをあきらめた。
被災地で必須の紙おむつと、こちらはお楽しみのベイブレード、
その重みの違いに後ろめたさを感じながら、私は子供のための
ベイブレードを捨て切れなかった。
 帰宅してから都庁のホームページで救援物資の受付について
調べてみると、既に受付が中止されていた。出直して買ってき
ても送ってあげることはできない。(さっき買っていても無駄
だったか。)と、ホッとしたような、出遅れたような、複雑な
気持ちになって、今度、また都庁で受付が開始されたら、何か
送ってあげられたらいいな、と思った。
 東北が復興するまでは、ずっとこんな気持ちを抱えるんだろ
うか。楽しむべき時にもどこか後ろめたく、十分に楽しんでい
られない日々が続くのだろうか。でも、後ろめたいのも楽しい
のも悲しいのも嬉しいのも怖いのも、無理せず、自然に感じて
いけば良いのかな。
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by akira_dai | 2011-03-25 22:57 | Comments(0)

物がない・・・

 世間で買いしめの話題が出てから久しいが、確かに最初は、
(あの並んでいる連中が買いしめしているのね!)と、スー
パー入り口の人だかりを見ながら思っていたのだ。しかし、
震災から10日以上経った今でも空っぽの棚が目立つ店内。
これは単なる買しめのせいだけでなく、流通もかなり止まっ
ているのではないか?という気がしてきた。まあ、北からの
流通は止まるだろうと予測はしていたが、西が生きているの
に、こんなに時間がかかるのか!と驚き。
 それでも、ガソリン、米、パンなど少しずつ落ち着いてき
て、どうしてもお目にかかれないのが納豆。納豆ってやっぱ
り茨城でしか生産していないのかね~?と冗談半分で言って
いたら、どうも、それが本当らしい。先日、届いた生協のち
らしに、「茨城の生産工場が被災したため」と納豆切れの理
由が丁寧に説明されていた。
 停電以外は(準備にも関わらずいつも消えないが)、それ
ほど不便や不安を感じなくなってきた今日この頃。被災地が
広範囲に及んだ恐ろしさ、そして、逆に、あちらへの流通も
止まっているという問題の大きさを、肌身で感じる。東京で
さえ、この物量なのだから、あちらが、「物がない」と言う
のも当然だ。しかも、途中の福島原発も、交通を妨げる原因
の1つになるだろう。
 CMも、「日本を1つに」と、励ますようなものが増えてき
た。日本はのんびりした危機意識の低い国だったけれど、これ
を機会に国民皆が危機意識をもって、また、1つにまとまって、
震災を乗り越えて、その力と意識を、これからの政治に活かし
ていければ良いと思っている。
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by akira_dai | 2011-03-23 18:36 | Comments(0)

無能政府

 震災から10日ほど経過したが、何もかも進捗が遅い。その
せいか10日も経過したとは思えないほど、この10日は早か
った。
 そんな中、原発については数日前から自衛隊や消防隊が動き
だして、放射線の観測値は増えているものの、少しばかり安堵
した人は多いのではなかろうか。それにしても、当初は原発の
対応も計画停電の計画も100%東京電力に丸投げで、自衛隊や
消防隊の投入が遅いよ、と私は思ったのだがどうだろう。
 こういう大きい震災だから誰かを攻撃することはたやすいし、
出来ることなら政府のことも批判はしたくないのだが、あまり
にも受け身な政府だと感じる。原発の問題が収束しないと見れ
ば東電に怒鳴りこんだ。その前に政府として支援できることを
提案するべきだったのに、いらない視察に行って、あとは東電
からの依頼を待っていたように見える。そういえば、今日も、
宮城県知事に、
「できることは全部やるから何でも言うように」
と首相が言ったそうだが、10日も経過して今さら何を言って
いるんだ?という感じ。もう何日も前から私たちでさえ、あち
らで不足しているもの、交通麻痺について知っているのだから、
地方から依頼がなくても政府から積極的に出来ることがあった
はずだろうに。避難所でも死亡者が出ている中、すべてが後手、
後手である。
 もっと悪いことには、「官主導から政治主導へ」が悪く働い
て、硬直した官僚がスムーズに動けなかった。政府の顔色を見
て政府からの指示を待っていた結果、受け身の政府からは何の
指示もなく、また、原発より前に救援捜索のために出動命令を
受けた自衛隊も、どのようにどこに動くのか指示されず、混乱
があったという。普段から「政治主導」などと言って、おさえ
つけているからそういうことになるのでは。震災前から、官僚
との信頼関係、どこまで任せるかが明確でなかったのだと思う。
 アメリカの新聞によると、やはり最初は米国の支援を断った
そうだが、原発が危機的状況になるとそんなことを言っていら
れなくなって、ここにきて支援を受け入れたそうだ。原発の火
災時には米国が消火に活躍してくれたが、肝心の放射能専門部
隊(軍艦)は青森付近の海で待機を命じられており、福島の原
発に関して何の要請も無いので苛々しているのだと言う。その
傍らで、日中韓で原子力安全に関して最大限努力するという協
力の「確認をした」というが、確認が何になるんだろう?現場
に近い米国に具体的な支援を要請した方が早いと思うんだけど。
 さらに、福島の避難指示の範囲についても私はちょっと心配
している。米国の原発から50マイルというのは大げさだとし
ても、20kmから30kmは自宅待機というのは非現実的で
はないだろうか。一歩も外に出ないわけにはいかないし、さら
に、当初よりもじわじわと放射線のレベルは上昇している。避
難地域ではない福島市などはかなり高い。避難地域の拡大をし
た方が良いのでは?と思っていたら、政府はあとの避難は自主
性に任せると言ったらしい。信じられない。
 最近はしびれを切らして少しずつ各省庁が自主的に動き始め
たという情報もあり、それを裏付けるように防衛省が自主的に
原発にがれきを片付けるのための戦車を派遣した。ありがたい
ことだ。現場がまさに必死の対応に追われている中、まったく
信用できない政府のもとで、いらない被害が拡大しないことを
祈るばかりである。
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by akira_dai | 2011-03-20 23:31 | Comments(0)

自然の脅威

 今さらながら自然の脅威を思い知らされた、この地震。地震、
津波はもちろん、原子炉の暴走でも、そのエネルギーの大きさ
を恐ろしいと思う反面、何と巨大で、何という力なんだろう、
と畏怖の念を抱いた。まさしく、神の力という感じ。
 炉の中の燃料棒は余熱だけで大量の水が蒸発するほどの発熱。
使用済みの燃料棒でさえ、深さが15メートルもあって1000
トン以上の水が満ちている水がどんどん減るほどの熱量(まあ、
プールにひび割れがあるんだろう、という説もあるけれど)。
恐るべし熱量、エネルギーだ。それが、原子が他の原子に変化す
るという自然現象で発生するんだから、自然とは想像を絶するス
ケールの力をもっているのだなあ、と、恐ろしく、素晴らしく、
思う。いや、神さまは自然のあらゆるところにいるよ、と思って
しまう。
 それを管理して、「絶対に安全」と言いきっていた電力会社、
学者たち、思いあがっていたとしか言いようがない。それだけ
大きなパワーを資源のない日本が今まで安全に利用できていた
ということは誇れることだった。けれども、この惨状を見てい
ると、奇跡だったのかも、と思わざるえない。
 先週からの危機的状況を解説する学者の中にも、まだ、
「この状況はそれほど危険ではない。安全だ。」
と主張している人がいた。現場にも行かずに無責任に主張して
いる姿に腹が立って、あれから民放は一切見ていないけれど、
さすがに、ここ数日は安全を主張する学者も影をひそめたので
は?民放も地震に関係ない普通の放送を始めているし。
 原子炉を使わずに今後どうしていくのかという課題はこの先
重くのしかかるだろうが、まずは、現在の危機を乗り越えられ
ますように、と、祈るしかない毎日。世界が注目している。現
場で対応している人々には頭が下がるが、日本人全員でこの課
題に取り組み、考え、被災者を何らかの形で支援しながら、決
して自然の力を侮ることなく、毎日を明るく真面目に生きるべ
し。
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by akira_dai | 2011-03-19 22:36 | Comments(0)

穏やかな一日でした

 何と地震から1週間経ったとは驚いた。早い。逆に言えば、
避難所への支援や原発の問題の解決の進捗が遅い。あれから
ほんの2、3日しか経っていないような気がしていたけれど、
被災者の方にとってはまさに命を削るような長い長い1週間
だったことだろう。
 今朝もちょっぴり被災者や原発で働いている人のことを思
って泣いたけれど、私自身は穏やかな幸せな一日だった。外
は良い天気でテレビの音を消してみれば静かな小春日和。青
空の下、庭には春の花が顔を出し始めていて、部屋にゴロン
と横になると、そう遠くもない所で原発の危機があることな
んて信じられないほどの日常である。
 こういう時は自分は何の不足もないのに幸せを感じること
自体が申し訳ない気がしたり後ろめたい気がしてしまうもの
だけれど、出来ることだけ尽くしていれば、ささやかな幸せ
を感じることはとても大切なことだなーと今日、実感した。
それを証拠に、ここ1週間のストレス、不安がはぜか今日は
影を潜めて、とりあえず前向きになることが出来たのである。
 午前中の計画停電はなかったし、夜の計画停電も中止にな
ったし、スーパーに行ったら空いていて欲しかったバナナが
買えたし、子供は機嫌良く帰ってきたし、肉じゃがもおいし
くできたし、言うことなし。ありがたいことだ。
 少し北の方では被災者の方々、原発関係者や自衛隊、消防
隊、大変な人たちが不安な毎日と懸命に闘っている。一日も
早くこんな穏やかな日常が彼らの元に訪れますように、と願
いながら、明日からも不満なく(唯一、政府には不満だけど)
出来ることをしていこう。
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by akira_dai | 2011-03-18 20:31 | Comments(0)

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。