レジリエンス

 感情的にならないことがかっこいいと思って、
理想的だと思って、それを目指して、どうした
らそうなれるだろうか、と、若い頃から考えて
いた気がする。おかげさまで、20代になる頃に
は、すっかり、感情の薄い冷静な人みたいにな
って、付き合っている人からも
「冷たい」だの「かわいくない」だの言われる
始末。悲しかったけれど仕方がない。自分の感
情や気持ちなんてものは、自分以外には理解し
てもらえないものだと思っている。
 そして40代になったとき、不幸が3つくらい
重なって、すっかり心身ともに調子を崩して、
一時期はまったく外出できなくなった。無理を
しすぎた。自分の感情を受け止めずに、無理や
り、前だけを見ようとして、眠れなくて、仕事
と育児に邁進しようとして倒れてしまった。初
めて、不登校や鬱の人の気持ちがわかった。
 数か月前に、「レジリエンス」に関する本を
読んだ。自分のメンタルのために読んだわけで
はない。最初は、子どもの教育のことで悩んで
「マシュマロテスト」という本を読んだのがき
っかけで、忍耐強さや自制心を養い、折れない
心を作るテクニックに「レジリエンス」がある、
と書いてあったので、どんなものかと、子ども
のために読んだ。
 画期的な内容だった。感情を否定するのでは
なく、感情は受け止め、その後の行動をコント
ロールする手法だ。例えば、イライラする出来
事があったときに、イライラすることはおさえ
ない。しかし、その結果、怒鳴ったり、何も手
につかなくなったり、といった、マイナスの行
動につながることを絶つ。相手がいる場合は、
より良好なコミュニケーションをとるための努
力をする。イライラをそのまま相手にぶつけた
ところで物事は解決しませんよ、というわけだ。
 私は外ではめったに感情的にならない。学校
で子供が悪者にされても、他のママみたいにキ
ーキーなることはない。そこはプライドなのか
もしれないが、
「あんたの子が悪い。」
と言われて、ムカッとしても、
「私たち、親が喧嘩しても仕方ありませんよ」
とか
「そうですか。そう思われるのはかまいません。
しかし、真実は、子どもたちが一番、知ってい
るのではありませんか。おそらく、当人以外の
同級生たちも、皆が事実を知っていますよ。
その結果、うちの子が悪いということもあるで
しょうが本当はどうでしょうか。」
と静かに冷たく言い放つことができる。
 しかし、一旦、感情が爆発すると、そのまま
行動に結びついてしまって、泣いたり怒鳴った
り、と、大騒ぎになるので、家の中では大変な
のだ。特に、子どもに対しては非常に非情に攻
撃的になる。
 そんなときにレジリエンスが役立つ。いつも
の私みたいに感情を殺すのではなく、感情を一
旦、受け止めて分析する。感情は、「悲しみ」、
「怒り」、「罪悪感」、「羞恥心、困惑」、
「不安」の5つに分類され、各々の感情がわい
てくる原因が決められている。そして、その原
因が正当なものなのか、自分の思い込みによる
ものなのかを分析し、より適切な行動をとるよ
うに努力することで、周囲との関係を改善する
という、非常に理論的な手法だ。
 米国では、親がドラッグ中毒や犯罪者で、自
身も犯罪者となった10代を再教育するときに
大きな成果を上げ、レジリエンスの教育を受け
た子供ほど再犯率が低く、学歴や収入や家庭環
境に関わらず、本人の思う幸せに到達できたの
だという。
 感情は理屈ではないから向かい合わなくては
いけない。私は子どもができるまで、そのこと
を忘れていた。理性的であろうとしてなれずに
衝突ばかりしていた。気付いたら子どもは中学
生になっていて、いつもイライラの感情をぶつ
けていたことを深く反省している。今も、やっ
ちまうことはあるけれど。
 昨晩、私は「悲しみ」を感じた。レジリエン
スによれば、それは、「喪失感」だ。わかりや
すい「喪失感」は、親しい誰かが亡くなったと
きや大切な誰かが去ったときのものだろう。
しかし、たとえば、「自尊心、自信の喪失感」
というのもあるらしい。今、私がそれを感じて
いるとすれば、はたして、それは正当な喪失感
だろうか。そして、その感情を受け止めて、次
にどのように成長すれば良いんだろう。「怒り」
も「悲しみ」も悪いことじゃない。それをどう
消化して、どう活かしていくのかが、今後、
生じるかもしれない大きなピンチを救ってくれ
るヒントになると信じている。

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by akira_dai | 2016-10-31 08:38 | Comments(0)

お酒の失敗

 私はお酒が飲めない。父親がお酒好きで酒乱だった
から、お酒に対するトラウマもあるけれど、幸か不幸
か、体質が酒という化学物質を受け付けない。しかし、
実はその「味」は好きである。濃厚な赤ワインとか、
日本酒の久保田なんか大好きだから、(飲んでいれば
強くなる)と信じていた若い頃は、無茶して、飲んで
みたこともあるのだが・・・コップ2杯も飲むと、
もー、ダメ。ワインもグラス一杯でオエーッとなるの
で、本当につまらない。毎年、ボジョレーなら薄いか
ら大丈夫だろう、と挑戦するが、やはり使い物になら
なくなるので、昨年からやめた。というより、息子か
ら、「どうせ吐くだけだから、やめろ。」と言われた。
何しろ、グラス一杯で朝まで苦しむのだから、迷惑な
話だ。本当につまらない。
 だから、お酒ではめをはずしたり、いけないことを
しちゃったりして、「お酒のせいだもんね~」と笑え
る人を、本当に羨ましいと思う。元々、理性的だし、
その上、お酒を飲めないんだから、酒でたかをはずす
なんてことは絶対にない。堅物でつまらない人だ。
が、学生時代の友達や同期の連中からは、
「もーね、akiraは飲めなくても、ぜーんぜん、問題
ないよ!だって、テンション高くて楽しいもん。
シラフでも、誰よりもテンション高いもんね。」
と言われる。テンションさえ高ければ良いんですね?
わかりました、ウーロン茶で盛り上げ役に徹しましょ
う。お任せください。
 しかし、飲めない人には飲めないなりの失敗がある
わけで、だからこそ、今は「飲まない」のである。
 学生時代、歓迎会で初めてお酒をちょっとだけ飲ん
だときには、駅で気持ち悪くなって駅員さんに確保さ
れ、改札の隣の駅員さんの部屋で寝てしまって、危う
く終電を逃すところだった。
 その頃は、毎週のように飲み会があったから、こり
ずに、毎回飲んで、何回かはアスファルトの上で寝込
んでしまったこともある。冷たくて気持ちが良かった。
迷惑な話だが、そういうときには、誰かが送ってくれ
ることになる。寝ているだけではなく、ゲロゲロで吐
くかもしれないこの私を。
 数人でじゃんけんしていたような気がするが、大体、
送ってくれるのは仲良しの先輩だった。しかも、彼は
とても紳士的だったから何ら危険なこともなく、彼氏
でも何でもないのに、本当に本当に申し訳なかった。
今でも頭が上がらない。
 同じサークルの飲み会で、まさかそこまで弱くない
だろう、と思った同級生が、
「オレンジジュースだよ」
と嘘をついて、私に5杯くらいオレンジサワーを飲ま
せたことがあった。飲んでいるときは全然平気だった
のに、
「それ、実はサワーだよ」
と最後に言われて、猛烈に気持ちが悪くなりトイレに
閉じこもって出られなくなった。が、何とか終電で帰
り、次の日は面倒くさくなって学校に行かなかった。
そしたら、その彼から自宅に電話が入って、ものすご
く落ち込んだ声で、
「昨晩はごめんな。体調、大丈夫?まさか、そこまで
弱いとは思わなかったんだよ。」
と真剣に謝ってくれた。単に学校をさぼっただけの私
は、これまた、誠に申し訳ない気持ちになったものだ。
お酒に強ければ、彼は自分を責めずに済んだのに。
 当時、よく一緒に遊んでいたちょっと派手目な男子
と一緒に飲んだときにも、やはり、私が酔っぱらって
店でふせってしまい、しかし、彼は派手に遊んでいる
だけあって、
「こういうときは水だ。吐いてもいいから水をたらふ
く飲め」
と言って、店員さんにいっぱい水を頼んでくれた。
その水のおかげで私は1時間程度でシラフに戻った。
寒かった・・・でも、(遊んでいる人というのは、
すごいものだな。)と、まじに感心したものだ。
 会社に入ってからも、出張先で、色々な営業さんと
飲みに行った。あまり懇意でない営業さんが相手のと
きには自粛してほとんど飲まなかったが、仲の良い、
ちょっといいなーと思っていた営業さんを相手に、
月に数回、電車がなくなってもホテルの近くの飲み屋
で飲んでいたことがある。深夜の0時も過ぎて、彼の
ことが少しばかり気になっていたこともあり、ちょっ
とやばい?雰囲気になってくるかもしれない、と、勝
手に考えて、飲みながらも必死で正気を保って(理性
を保つという意味ではなく、寝ない、吐かないという
こと)、テンションを高くして色気のない話でやばい
雰囲気を吹き飛ばし、何とかホテルの自分の部屋に帰
ったら、天井がぐるぐる回ってベッドに倒れ込んでし
まった。何だか知らないけど、頭も痛くて、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と何かに謝っていた。あれは、自分の体に謝っていた
んだろう。本当に気持ち悪くて死ぬかと思った。次の
日は、営業さんも二日酔いで辛そうで、仕事は何とか
こなしたけれど、ふらふらだった。
 その後、お酒の強い女友達から、
「また、お酒で、あんなこと、こんなことになっちゃ
った・・・落ち込む・・・」
と大人の話を聞くようになって、お酒の強い人も大変
なんだな、と、驚いた。けれど、ちょっぴり羨ましか
った。いつも冷静なのはつまらない。が、飲んだ後の
あの気持ち悪さ、辛さは、まじに命の危険さえ感じる。
ビールをコップ半分くらいで、もう十分すぎる。
 飲める人にも飲めない人にも、失敗はある。そして
飲めない人(吐いちゃう人)は飲まないという手段し
かない。つまらねー。
まったく、「酒とバラの日々」には無縁な私です。

 

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by akira_dai | 2016-10-28 10:04 | Comments(0)

大人だった彼

 最近、色々変化が多くて、さまざまな人生模様
を他人事で聞いているうちに、記憶の彼方にすっ
かり置き去りになっていた、ちょっと刺激的な友
達の話を思い出した。
 あのときは、私はこちら側ではなく「あちら側」
にいた。私は学生だった。
 理系大学ということもあり、周りにはどちらか
というと純情な、女性慣れしていない男子が多く、
そんな中にも、自称経験豊富を自慢するようなバ
カみたいな奴もいた。A君はそんな奴の中の1人
で、純情な子どもっぽい同級生をつかまえては、
「女なんてのはな、こーで、あーで・・」
とうんちくを語ったりするしょうもない人だった。
 ある日、A君は、寡黙で純情なX君が、車の助
手席に女性を乗せているのを発見したらしい。
それ以降、
「彼女、どんな子なの?どこの女子大?」
「何歳?何年つきあってるの?」
と、やたら頻繁に、ここには書けないようなこと
まで、大っぴらに突っ込むようになった。
 優しくて寡黙なX君は、その話題になるたびに、
そんなA君を軽く、「いやいやいや」といなして
いた。
 A君は、先輩面して、女性の扱い方を、純情な
X君に教えてあげたかったようだけれど、私は、
知っていた。X君は、実は、家庭教師の教え子の
母親と付き合っていたのである。どうも、母親の
方が気に入ってしまって、純情なX君はいちころ
だったらしい。2人でいるときに、ご主人が帰宅
したこともあり、会う時間もままならず、もちろ
ん、同級生に紹介するわけにもいかず、それで、
A君の突っ込みに、何ら答えるわけにもかず、
怒るわけにもいかず、にやにやしてとぼける他
なかったのである。
 付き合っていた相手は30代だった。さぞ、
辛かっただろうと思う。よくぞ、4年間、付き
合ったと思う。
 A君は、さまざまな女子大の女の子との付き
合いを大げさに自慢し、X君に対しても上から
目線であれこれと説教していたけれど、実は、
X君は、それよりも遥かに重い大人の恋愛に苦
しんでいたわけだ。しかも、それを周りに吹聴
することはなかった。相談することもなかった
私が知ったのは偶然だ。本人は、私がこの事実
を知っていることを知らない。X君は大人だっ
た。独りで背負った。
 そんなことを思い出して、今の私が思うのは、
誰もが知らないところで、思いがけない人が、
想像を絶するような辛い経験に、たった今、
苦しんでいるかもしれないということで、そう
いう人に対して、えらそうに説教したり自慢し
たり、、世界一不幸だみたいな愚痴を言ったり
するのは、ばかげているかもしれないな、とい
うこと。ばかげていると思えば、私もちょっ
とは自分を戒められるというものだ。
 誰もが自分が一番がんばっていて、一番辛
くて、場合によっては一番不幸で、と思って
いるかもしれない。他人と付き合うときには
それくらいに思っていた方がうまくいく気が
するな。

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by akira_dai | 2016-10-27 21:30 | Comments(0)

激動の10月

 いよいよ10月も終わりですね。この時期になると
デパートやスーパーに、クリスマスやら正月の宣伝が
増えてきて、早くも年末が見えてくるわけです。しか
も急激に寒くなって、この年のおばちゃんには堪える
わけです。
 そして、ここ数日、「自称モテ期」で、多くの方々
とリアルに連絡をとり、少しばかり私も調子が良いの
で実際に友達と会えそうで、病は相変わらずですが、
テンションは昔のごとく上がっているのであります。
いや~、今ならね、多少遠くても誰とでも会える勢
いです!(嘘かも)
 しかし・・・変化が多すぎる、私の周りに。まあ、
女友達が旦那のことをまじで悪く言うのは普通のこ
とだから良しとしても、実際に、離婚の2文字があ
ちらこちらで見られ、さらに、昨日は、昔、べった
り一緒に仕事をしていた戦友ともいうべき同僚から
「転職します」
とメールがきて、もうね、おとといと昨日と、メー
ルを開くたびに血圧が上がって、ちょっとドキドキ
しています。
 メールは2通でした。1通は彼がお世話になった
社内の皆さんに送った公式メール。そして、もう1
通、公式メールの直後に、私に宛てた個人的なメー
ルが入っていました。これは、もう、飲み会を開く
しかあるまい、と思って、密かに計画中です。
(飲めないけど)
 彼は年下ですが、私にとっては非常に頼りになる
男前の戦友です。あちらはどう思っているかわかり
ませんが、何だか縁があって、そういえば、忙しい
部署に異動したときに、初めて、「研修」のために
出張に連れていってくれたのが彼でした。1つ下な
のにテキパキと客先で仕事をしているのを見て、感
心したのと同時に、(自分にできるのだろうか)と
不安になったものです。
 その後の2年間、私は、海外と協力してシステム
開発する、という大きな仕事に組み込まれ、海外出
張はあるわ、徹夜作業ばかりだわ、で、先輩たちの
間でもまれることになったので、彼と関わることは
一切、ありませんでした。
 その仕事の直後、彼が結婚することになり新婚旅
行で客先に行けなくなったときに、その仕事を引き
継いだのが私です。そのときも、作業を引き継いだ
だけで、事務的な話をするだけの間柄でした。
 が、その後、同じ分野の仕事を頻繁にするように
なり、同じグループとして情報をシェアしたり、大
きな仕事を2人で組んで協力して進めるようになっ
たりして、特に、徹夜作業、手ごわい顧客との交渉
などでは、冷静で頼りになって、惚れそうになった
ことがあるくらいです。しかも優しいんです。
 2人で海外出張に行ったこともあり、そのときは
私が英語が喋れると勘違いしていて、
「いやー、akiraさんと一緒だと安心だわ~。」
と喜んでいました。その出張の帰り、飛行機のトラ
ブルで、なぜかハワイに一泊することになり、
「ハワイに一緒に来た女性なんて、嫁さんとakira
さんだけだ。」
と苦笑していました。その嫁さんは、そんな私の
話をしょっちゅう家庭で聞いていて、
(理系女子なんて、メガネをかけてて太ってて、
全然、女らしくないんだろう)と思っていたそう
ですが、私が結婚式の写真を年賀状に印刷して送
ったら、
「こんなにきれいな人だったの!!」
とやきもちを焼いてくれたそうです・・・結婚式
は人生で最もきれいな写真ですからね。夫婦の
関係に刺激を与えられて良かったなー(笑)。
 もっと笑ったのは、出産後、初めての年賀状を
やりとりしたときに、あちらも、同じ年に二番目
の子どもが産まれていて、年賀状に書かれていた
子どもの名前が漢字も含めてまったく同じだった
ことです。
年明け、会社で会ったときに、
「名前、かぶったね」
と上司も一緒に大笑いしました。
 そんな彼とは退職後も年に1回は飲み会で会っ
ていたのですが、昨年はどうだったかな?ちょっ
とご無沙汰している気がする。メール報告が嬉し
かったし、彼の仕事の話はとっても面白いから、
ぜひとも会いたいと思っています。忘年会か新年
会の名目で、数人に声をかけたいと考えています。
これで今年の激動は終わりだろうか。私にも何か
変化がないかな~♪・・・疲れちゃうか。この
まま地道に生きよう・・・

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by akira_dai | 2016-10-26 08:42 | Comments(0)

ときめき

 昨日は離婚ネタで消耗した・・・まあね、この年に
なれば色々ありますよ。墓場ネタがあるくらいだから。
女の方だってね、色々あるわけですよ。言えない話が。
 今日は私の言えない話、というか、ここに書くんだ
から結局、言えるわけだが、非常にギリギリの話にな
るかも。
 私には男友達が多い。仕方がない。大学では紅一点
だし、会社でも、電気系の総合職では紅一点で、研修
でも配属された部署でも、秘書を除いて、私だけが女
性だった。必然的に男性と関わることが多くなる。
 退職をして実際に彼らと会う機会は減ったけれど、
今はFBだの、ラインだの、で、いくらでもコミュニ
ケーションをとる機会はある。ジャニーズに疑似恋愛
しているご近所の短大卒のママたちからしてみれば、
驚くようなリアルで親密な交流がたくさんあるわけだ。
 女友達同様に、男友達も優しいので、時々、キュン
とすることもある。先日の誕生日メッセージなんかは
その最たるもので、短い一言に感激したり、会いたい
な、と思ったり、それくらいなら問題ないけれど、こ
ちらも人間だから、相手が古くからの友達だから、特
に元気がないときには琴線に触れる場合があるわけ。
そこが男と女の友情の難しいところかもしれない。
 幸い、そういう異性の友達が大勢いると、大勢いる
ことで、そういう気持ちが分散されて薄まるし、また
別の人と別の機会があれば、そのたびに、優しいな、
ときめくな、といつでもどこでも思うので、大きな問
題には至らない(実は、そんな機会ないけど)。
 しかし、これがふつうの、男性とまったく接触のな
い主婦だったら、どんな心理になるんだろう?と考え
ることがある。1人の特定の男性相手にかなり、長期
間、ときめいてしまう人もいるのではないだろうか?
もっとも、彼女たちには、私ほど親密な多くの男友達
はいないだろうし、友達という目で、男性を見ること
も少ないだろうし、中には割り切って遊んでる人もい
るから、全然、考えていることが違うのかもしれない。
 そこで、私はパパのことを考える。男友達とパパとは
何が違うんだろう、と。昨日の離婚問題を念頭に、色々
考える。結婚して長くたつと、ときめくことはまったく
ない。そこにあるのは、まさに「信頼」オンリー。うち
の場合は、そこにお互いの理解が入るかもしれない。
 私は面倒くさがりなところをさっぱりしていると勘違
いされるのだが、実はうじうじしていて、結構、面倒く
さい重い人間である。その二重人格的なところを理解し
てコントロールしてくれるのは、おそらくパパしかいな
いだろう、と思う。
 FBのちょっとしたコメントを昼休みに見て、(危ない)
と思えば、メッセージで「大丈夫?」ときいてくれる。
他人が見たら何の変哲もないコメントなのに、私がそれ
によって傷ついていることに気付いてくれる。こういう
メッセージに対する感謝というのは、一瞬のときめきな
んていうレベルではなく、驚きと感心と尊敬と信頼のす
べてが混ざり合ったような感じで、まさに、お釈迦様の
掌の中の孫悟空といった感。
 もしも、主婦の皆さんが、身近な1人の男性(学校や
塾の先生、会社の同僚とかがありがち)と疑似恋愛して
いるうちに、旦那の愚痴を言いたくなったり、甘えたく
なったりしたら、ときめきと信頼の違いを、理性で考え
てみると良いと思う。
 ときめきは一瞬。付き合ったとして長くても3か月。
その反面、信頼を築くには何年もかかり、しかも崩れ
るのは一瞬だ。回復不可能になる前に、誰かに愚痴を
言わないといられなくなる前に、冷静になって考えて、
それでもパートナーが嫌いでたまらないならば、別れ
てから愚痴を言えばいい、自由にすればいい、と、ハ
ートよりも頭で考える私は思うのだけれど・・・ハー
ト主体の人には難しいのかな。羨ましいような面倒く
さいような。確かにハートのコントロールは何歳にな
っても難しいのは、重々承知なんだけど。よその夫婦
のことはわからないか。順番が逆なのかな?夫婦関係
が破綻してるから他の人に甘えるのかな。
 うちが離婚の危機に陥るとすれば、現在、考えられ
る原因はただ1つ。それは早め早めにパパとじっくり
話し合うことにしよう(笑)。

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by akira_dai | 2016-10-25 09:54 | Comments(0)

ありふれたこと?

 ちょっと前に、結婚後、数十年もすると、多くの
奥様が、旦那の稼ぎで暮らしているくせに、口汚く
旦那の悪口を言う、という話題を取り上げた。うち
の母は違うが、身近な老人にそのような実例がある。
「死ねばいい」とさえ言う。そして、ここにきて、
離婚話が2つ・・・1つはまったく予想をしていなか
ったので本当に驚いた。
 その2組のカップルは両方とも結婚してから20年
くらい。あー、心配。うちはあと7年?一体、何がある
というのだろう。最初はあんなに仲良くてラブラブだっ
たのに、どうして離婚するまで追い詰められるんだろう。
 実は、そのうちの1組については、何かと相談を受け
て細々と内容を聞いていたのである。それこそメールで
色々と詳細に。でも、そちらは、まだ離婚確定ではない
し、(回復不可能かなあ)とは思ったけれど、すぐに結
論が出ることもあるまい、と、気軽に考えていた。
 そして、今日、「離婚するんだ」というメールが
突然、入った。(あれ?相談を受けていたX夫婦かな?)
と思って開いたら、全然、違う友達のメールで驚き!
ここに至った経緯の詳細はないが、非常に簡潔に決意した
理由が書いてあり、やはり、「回復不可能」と「相手も冷
酷」という言葉。私が相談を受けているカップルとまった
く同じ言葉を使っている・・・デジャヴか?もしかして、
私はメールのアドレスを勘違いしているのか?実は、これ
はX夫婦の離婚のことを言っているんじゃないか?と、本
当に驚いて何度も、アドレスを確認してしまった。
 もしかして、ありふれたことなのか?前も書いたように、
主婦の愚痴は決まっている。日常の小さなことだ。その積
み重ねだ。しかし、経済的な問題や子供の問題があるから、
極限まで我慢している。私はそんなことで我慢する必要は
ないと思うが、彼女たちはストレスが大したことないのか、
あるいは、計算高いのか、とにかく、どんなに旦那を悪く
言ってもなかなか離婚するにはいたらない。
 しかし・・・「回復不可能」な場合があるんだ。お互い
に「冷酷」になることがあるんだ。心を病むほど辛い関係
に陥ることがあるんだ。怖い・・披露宴でそんな現在は想
像していなかった。20年は速かった。子供は成人していな
いが手を離れている。それも理由の1つなのかな。恐ろし
い。思えば、親戚もふつうに離婚している。どうも、
「回復不可能」=「信頼できなくなる」というところが鍵
らしい。
 日常の生活、経済的な問題、子どもの問題、介護の問題、
エトセトラ。何だか自信がなくなる。でも、他人と私は違
うと思いたい。どこかの老夫婦に、「心から幸せでした」
と言ってほしい。何だか離婚が簡単すぎる気がするな。
もしかすると結婚が簡単すぎるのかな。でも、口汚く言う
くらいなら離婚した方がいいよね。驚いた・・・


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by akira_dai | 2016-10-24 16:25 | Comments(0)

モテ期?ではありません

 「最近、、モテ期じゃないの?」
とパパが言うくらい、11月はイベントが目白押し
である。別にモテるというわけではなく、数年に1
回、「久々に会おうよ」が具体化する年があり、
今年がその年回りらしい。
 この年になると、「そのうち会おうよ」が社交
辞令化してしまって、実際にはなかなか実現しな
くて年が明けてしまうことが多いものだが、2、
3年に1回くらい、本当に会おうと決まるときが
ある。それが今年らしい。3年くらい前も、なぜ
か、そういう約束が次々と決まって、中学関係、
大学関係、会社関係と、同じ年に多くの人と会っ
て近況報告しあったことがある。あのとき、
「次に会うときは50かもね。」
と言っていたら、本当にもう50だし。
 ほとんどの人が私の体調が悪いのを知っている
から、「そちらまで行くよ!」と言ってくれる。
先日は、会社で一緒だった同期の秘書友達が、
「仙川でランチするんだけど、良かったら、akira
ちゃんもどう?無理だったら、前日、キャンセル
で良いよ!」
と言って誘ってくれた。ええ、行きますとも行き
ますとも。思いだしてくれて、ありがとう、と思
う。11月末の予定なので、それまでに体調を整
えるべく、ちょっと歩いたりしている。
 かなり前は、会社の先輩がたまたま高幡不動に
来ていて、やはり思いだしてくれて、
「今から会いませんか」と声をかけてくれた。急
だったけれども、私が住んでいる駅まで来てくれ
たので、数時間、近所の喫茶店でお喋りをした。
 最近は、大学時代の同級生が、定期的にアジス
タにサッカーの試合で行くから声をかけるよ、と
言ってくれて、
「明日、アジスタ行くんだけど、都合が良かったら
調布で会わない?」
というところまでいったのだが・・・それはかな
わなかった。私がちょっとひよってしまったのだ。
どうも、「明日」という急なスケジュール、「XX
で」という最寄駅以外の場所を指定されると、心の
準備ができない。だから、
「次回は1週間前に言ってくれる?そしたら、会え
るかもしれない。」
ということにした。次回は絶対に会おう・・・彼と
2人で会話が続くかどうかが心配だけど、大人だか
ら大丈夫だろう。
 そして、今朝は、高校時代の同級生のAちゃんか
らメッセージがとんできた。
「来月の同窓会、行く?」
という内容だった。何でも母校の校舎が建て替えら
れたそうで、そのお披露目をかねて同窓会がある、
というのだ。
「私は、こういう事情で体調が悪いから、欠席する
予定なんだ。」
と言うと、
「じゃ、私も行かない!」
というので、
「Aちゃんには会いたいから個別に会おうか」
と提案したら、
「じゃあ、akiraちゃんのお家に行くよ!土曜日なら
いつでも良いから日程決めて!」
と言ってくれた。何て優しいんだ!
 近々、中学の友達とも会う予定で、やはり近くま
で来てくれると言う。本当にありがたい。本来は外
出が好きで社交的だったから、皆に会いたいのは、
やまやまなのだ。でも、こちらまで来てください、
とは、なかなか言えないところを、わざわざ、近く
まで来たときに声をかけてくれたり、あちらから
「行くよ」と申し出てくれたりする。こんな風に
ちょくちょく近場に出かけていれば、体調も良く
なる気がする。そしたら、「ライブに遊びにおい
で」とコメントしてくれた先輩のライブも行きた
いな~。近場なら行けると思う。
 優しい友達のありがたみに、心から感謝する、数
年ぶりのモテ期(?)、いや、再会の年回りであり
ます。50になる前に多くの人と会えると良いですな。

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by akira_dai | 2016-10-23 15:04 | Comments(7)

忘れられない記憶

 早世した同級生のことは忘れたくても忘れられない
ものだ。その死が早いというだけでなく、一番多感な
ときに同級生を亡くした衝撃は大きい。高1のとき、
初めて小学校時代の同級生が骨肉種で亡くなったと
聞いた時は驚いてしまって悲しいとも思わず、わけ
がわからなかったが、さすがに3人目の同級生が亡
くなった高3のときは、(もう、来年はないといいな)
と、本気で落ち込んだ。その知らせの電話が鳴ったとき、
私はサザンオールスターズの新しいアルバムに入ってい
た「鎌倉物語」を聞いていたので、今もその歌を聞くと、
あのときのショックを思い出して、電話が鳴るのではな
いかとドキドキする。
 そして、先々週、息子が小1から小4まで同じクラ
スだったRちゃんが亡くなった。Rちゃんはお父さん
が沖縄出身で珍しい名字だったし、顔だちもはっきり
した南国系だったので、息子の男友達しか知らない私
でもすぐに覚えることができた。
 お母さんは気さくな人で、ママ友がいない私に
ヒラヒラと手を振りながら近寄ってきては、
「元気?ここ座っていい?」
と一緒に座って他愛ないおしゃべりをして、家が近い
から一緒に帰ってくることもあった。1年のとき、夏
休み前の保護者会で朝顔を持ち帰らなければいけない
ときに、徒歩の私が鉢を抱えて歩いていたら、
「私の自転車に乗せていいよ!」
と声をかけてくれたこともある。ちょっと日本語のイ
ントネーションがおかしかった。先日、通夜のときに
彼女は中国人だということを初めて知った。
 低学年の頃、男子は、やたら乱暴なやつ、やたら泣
くやつ、うろうろ落ち着きのないやつ、と、まるで猿
山のサルみたいだったが、女子はしっかりしている子
が多かった。忘れ物をする子はほとんどいないし、ち
ょっと遅れている男子の面倒を見たり、クラスで問題
が起これば先生に報告したり、好きな子がいると目を
潤ませたり、私顔負けの大人女子がいっぱいいた。
 Rちゃんも背が高くてしっかりしている女子の筆頭
で、賢くて、授業中も良く発言をし、いつもニコニコ
していて、外で会うと私にもしっかり挨拶をしてくれ
た。息子はニコニコされるのが恥ずかしいらしく幼い
ときは、
「気持ち悪いんだよ」
と言うこともあった。
 小4の夏休み明けの保護者会、いつもは明るくて人
あたりの良いRちゃんママが、廊下側の一番後ろの席
に一人で座って、夏休みの様子を全員が順番に発表す
るときに、
「・・・うちは、夏休み中に、ちょっと変化がありま
して・・・・・」
と言って黙ってしまった。その発言に先生も困ってし
まって、
「それは・・・大変ですね。そうですか。」
とだけ答えたのだが、彼女の顔がちょっと泣きはらし
したような感じだったので、
(ママのお父さんかお母さんでも亡くなったのかな)
くらいに思っていた。後で聞いたことだが、数年前
にご主人を亡くしたのだという。きっと、あの夏休
みにご主人が亡くなったのだろう、と、私は今、確
信している。
 Rちゃんは、その後もいつもニコニコしていた。
あまりにもニコニコしているので、息子は不思議に
思って、
「お前、なんで、いつもそんなに笑ってるわけ?」
ときいたことがあるそうだ。彼女はニコニコしながら
「これはね、私のプライドなの。」
と答えたそうだ。既に父親は亡くなっていた。
 そのRちゃんが、昨年の9月、陸上競技会が終わっ
てからパッタリ学校に来なくなった。息子とは違う
クラスだったけれど、不登校の多い3組だったし、
もしやRちゃんも何か問題に巻き込まれたのだろうか
と心配していたら、3組のママたちが
「骨折ですって」
と話していたので、陸上競技会で怪我でもしたのかな、
くらいに考えていた。しかし、2学期が終わって冬休
みが明けても登校してこない。周りは、骨折と言い続
けていたが、骨肉種で亡くなった同級生をもっている
私は、(これは骨肉種ではないか)と疑い始めていた。
骨肉種は、本人にも「骨折」といって病名を隠すこと
がある。
 3月、卒業式の前の日、6年生全員が体育館でリハ
ーサルを終えたときに、Rちゃんが病のために卒業式
に参加できないことが伝えられ、全員で千羽鶴を折る
ことになった。それを息子から聞いたときに、やはり
そうに違いない、と思った。
 そして次の日の卒業式。Rちゃんの名前が呼ばれて
も彼女が壇上に上がることはなかった。が、その後、
3組の教室に車椅子で現れたのだと言う。片足を切断
され、すっぽりと頭を隠す帽子をかぶり、いつものよ
うにニコニコしながら現れたという。参列していた同
級生、その親たちはかなり混乱したらしいが、努力し
て何とか笑顔を保ち、一緒に写真を撮影した。その写
真が卒業アルバムに残っている。本当に、Rちゃんは
いつものようにニコニコしていて、とても難病を抱え
ているとは思えなかった。凄まじいプライドだ。同じ
アルバムの一部に、「過去の自分に伝えたいことは?」
という3組の寄せ書きがあり、Rちゃんは、
「今、自分がこうなっていることを教えてあげたい」
と書いていた。
 中学の入学式で名前を呼ばれたときも、もちろん、
Rちゃんの返事はない。それでも、医学が進歩してい
るのだから、何とか生き残れるのではないかと私は
希望をもっていた。
 だから、10月11日、3連休明けに、息子から、
「Rが金曜日に死んだんだ。」
と聞いたときには心底辛かった。高校のときに同級生
の死を聞いたときの衝撃が蘇った。
息子が
「女子は崩れ落ちる奴がいたし、オレもドキドキし
て何だか胸がつかえる感じがする。」
と言うので、
「それは皆同じだから。今度、お葬式に行くときには
同級生で支え合って、気分が悪くなる人がいたら背中
をさすってあげて、ユータも具合が悪くなったら、友
達に頼っていいんだよ。」
と話した。多感な時代の忘れられない悲しい記憶は、
当人をよく知っている同級生と分かち合うしかないの
だ。
 お通夜の日、最後に、本人と対面する機会があった。
睫毛がくるりと巻いてあって、かわいらしく微笑んで
いたけれど、あのニコニコした笑顔とは違う、静かな
人形のような微笑みだった。きれいだった。遺体の上
に、同級生たちが折った千羽鶴がそえられていた。
悲しかった。そして、今回も絶対に忘れないだろうな、
と思った。生きている人たちが支え合うしかないんだな。

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by akira_dai | 2016-10-22 14:14 | Comments(0)

若い頃の大失敗

 昔、会社で一緒に仕事をしていた同期の男性が、
昨晩、かっこいいシューズの写真をFBにあげてい
たのでコメントを書いていたら、息子が横からの
ぞいて、
「この人、だーれ?」
ときいてきた。
「会社の同期だよ。彼が営業のときに、よく一緒に
組んで客先をまわってたんだ。」
と簡単に説明した後、(あれは酷いことをしたな)
という事件を思い出してクスクス笑ってしまい、そ
れを家族に話すはめになった。
 入社してすぐ、彼は地方の営業所に配属され、私
は月に1回程度、日帰りか1泊でその営業所近くに
呼ばれては、彼の技術サポートをする仕事をし、夜
は一緒に食事をし、夏休みになれば同期だから彼を
含めた仲間と一緒に海に行くという、同期の中でも
割と近い距離で付き合っていた。
 私は忙しかったので、同期の中で誰が誰を好きと
か、誰が誰と付き合っているとか、そういう話題に
はまったく疎くて、自分自身も興味なく、夏の海で
も冬のスキー場でも、
「akiraちゃんも、ちょっとは恋愛に参加しなさい
よ!」
と同期の女の子たちに叱られていた。とにかく、
疎いし鈍感だった。
 そして、あれは入社して4、5年も経ち、いよ
いよ、恋愛中の同期どうしが次々と結婚をして、
女子メンバーは去っていくという時期、いつもの
ように彼に呼ばれて地方で仕事をしていた帰り、
車の中で、彼が私に打ち明けた。愛の告白では
ない。
「実はさ、今度、Aちゃんと結婚するんだよ。」
私は(は?)と思った。Aちゃんと言えば、気が
きいて優しくて、穏やかで、物静かだけれど、実
は仕事もできて、多くの営業さん、SEさんから
好かれている人気者である。
 そして、彼といえば何とも頼りない営業で、客
先ではいつも私がはらはらして機械のセットアッ
プから、お客様に対する説明ま見ていられなくて
結局、私が出しゃばってしまう、という・・・ちょ
っと子供みたいな人、という印象だった。
 そうそう、研修で一緒に大阪のホテルに泊まっ
たとき、彼は部屋の中にキーを忘れて廊下に出て
しまい部屋に入れなくなって、浴衣姿で私の部屋
に助けを求めにきたことがある。風呂上りの浴衣
姿で廊下に立っているのがあまりにも可哀相だっ
たので、
「とりあえず、入りなさいよ!」
と言ったら、
「え?いーの?!」
とものすごく驚いていた。(当時の私には、その
意味がわからなかった)。で、
「いいから、とにかく早く入って!」
と風呂上りの彼を部屋に招き入れて、フロントに
電話をかけて助けてあげた。そういうちょっとボ
ンヤリした奴なのだ。
 彼がAちゃんと仲良しなのは知っていた。海で
もスキーでもいつも一緒だ。しかし・・・いくら
Aちゃんが優しいからといって、よりによって、
この人を選ぶだろうか?
 それで、彼が「結婚する」と断言しているにも
関わらず、疎い私は
「ありえない。あの優秀でステキなAちゃんが
あなたと結婚するなんて!」
と一笑に付して東京に帰ってきた。
 はたして、私は東京の事務所でAちゃんをつか
まえて、
「ねーねー、X君がAちゃんと結婚するとか寝ぼ
けたことを言ってたよ。そんなわけないよね?
だって、あの大ボケX君としっかり者のAちゃん
がねー!」
などと、さんざんX君をけなし、すっかり、その
ことを忘れていたら・・・数か月後に本当に2人
は結婚してしまった。2次会の帰り、タキシード
姿のX君に、
「akiraちゃんは一番信頼できる友達だから、オレ、
一番最初に結婚を報告したのに信じないんだもん
なー。親の次くらいに早く報告したんだぜ。」
と大いに笑われた。すみません・・・
 Aちゃんからも、その後、
「akiraちゃんは出張で彼の営業所に行くたびに、
いかに彼がダメで情けないのか、という話しかし
ないので、とても付き合ってるなんて言えなかっ
た。自分の彼氏をあんなにけなされたのは初めて」
と苦笑され、本当に本当に申し訳ない気持ちになっ
た。疎いにも程がある・・・
 ただし、1つだけ良かったのは、この事件が部署
の中で有名になり、先輩の営業さん、SEさんから
は「あっぱれ」と褒められたことだ。皆、Aちゃん
を狙っていたから、
「あの要領の悪いXのやつにかすめ取られるとは!」
と悔しくてたまらなかったのだ。
「akira!よくぞ、言ってくれた!お前は正しい!
その気持ち、よくわかる!しかも面白い!」
と。・・・本当に正しかったのだろうか。
 はたして、現在、X君は大変な出世をし、ヘッド
ハンティングで転職して、後輩たちからも、
「あの人はすごい」
と言われるまでになった。そのたびに、私は、
「それはね、Aちゃんがしっかりしてるからよ」
と悔しまぎれに言うのだが、本当にX君は立派にな
った。えらい。Aちゃんもえらい。Aちゃんと私は
今も仲良しで、数年に1回だけれど会って子どもの
話で盛り上がる。そして、会うたびに、私は当時の
自分の暴言をお詫びするのだ。もちろん、優しいA
ちゃんは、
「いいの、いいの。akiraがそう言いたかったのも
わかるよ。」
と静かに慰めてくれる。相変わらず穏やかで、もの
静かで優しくて癒される。私が嫁さんにもらいたか
ったくらいだ(と、私は友達の秘書全員に言ってい
る)。
 ・・・なんて話をしていたら、パパが私をたしな
めるように言った。
「結婚はさ、仕事ができるとかできないとか、頭が
良いとか悪いとかじゃなくてさ、価値観が合うとか、
話しやすい、とか、一緒にいると安心する、癒され
るとか、そういうのが大切だからな。」
そんなことは、今はわかっている。でも、当時はわ
からなかった。仕事がバリバリできる、かっこいー
人でないと嫌だった。
 そして、結婚することで大きく成長する男性がい
ることも想像できなかった。ああ、子どもだったな
あ。本当にX君、ごめんなさい。今のあなたは立派
で頼もしく、ステキです。夫婦ともに大切なお友達
です。いつまでもお幸せに。

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by akira_dai | 2016-10-21 09:45 | Comments(0)

木曜日はきつい

 今日は木曜日である。私の経験では、サラリーマン
にとって木曜日が一番きつい。特に35を超えてから
非常にきつくなった(あれ?それって出産前後?)
 ちなみに、金曜日は(明日が休み!)と思えば、
がんばれる。月曜日はブルーマンデーとはいえ、土日
に休んだおかげか、割と新鮮な気持ちでがんばれる。
まあ、正月みたいなもんだ。その勢いで火曜日も楽勝。
水曜日あたりに多少疲れが出てくるけど、何とか乗り
きれる。そして木曜日・・・いよいよ疲れがたまって
きて、まず、朝が辛い。会社に行ってしまえば、夕方
までがんばれるけれど、帰ってきて夕食の仕度が辛い。
さらに、寝る前、(あー、明日も会社か)というプレ
ッシャー。しかし、不思議と次の日、金曜日は気合い
が入るのだ。何だろうね?
 さて、現在、私はフリーである。だから、こんな曜
日による違いはまったくないだろうと思っていた。し
かし・・・やはり、木曜日は辛い。今日である。
 朝、いつもなら9時前から仕事を開始できるのに、
だらだらして、つい9時半を過ぎてしまう。さらに、
なかなか集中できない。やたらお茶やコーヒーを飲む。
午後は眠くなる。音楽聞いたりして気を紛らして、
仕事を再開する。夕方、4時過ぎるとだんだん夕食の
ことが気になってきて気が散る(昨日までは、そんな
ことなかった)。
 そして6時。重い腰を上げて夕食のしたくを開始す
る。まさに重い。フリーになっても木曜日が一番、き
ついのはなぜか変わらない。
 で、たった今、(あー、明日も休みじゃないのね)
と、ちょっぴり憂鬱になっている。けど、きっと、明
日はがんばれることだろう。一週間は速いなあ。


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by akira_dai | 2016-10-20 22:16 | Comments(0)

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。