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昭和生まれがもつ違和感

 今度のクールで、また、「人間の証明」の
ドラマが放送されますね。やたらとCMを目
にします。「人間の証明」は、例の
「おかあさん、ぼくのあの帽子どうしたでしょ
うね」
という台詞が有名です。本が刊行されたのが
1975年で8歳だったので、さすがに、当時、こ
れは読みませんでしたが、この台詞をCMで聞
いただけで、物語の悲しさを想像できるような、
この台詞を言っている人物の寂しさが伝わって
くるような、自分が感じた不思議な気持ちを覚
えています。映画のCMでは、麦わら帽子が深
い深い崖の底に向かって滑空しながら、スーー
ーッと遠ざかっていくんですよね。
 ドラマ化は今迄に4回です。今回が5回目に
なります。(また、やるの?)という感じです
が、やはり名作だし、好きな人が多いんだろう
なあ。前回は松坂慶子さんが犯人である母親を
演じました。今回は鈴木京香さんだって!同年
代が母親役ですよ。感無量です。
 それで、そうえいば、当時の小説は、まだ戦
争の名残があって、奥行の深い作品がたくさん
あったな、と思ったのです。松本清張の「ゼロ
の焦点」も然り、横溝正史の「犬神家の一族」
も然り、戦中、戦後の、人には言えないような
傷を抱えた人たちが、その傷を隠すために犯罪
を犯したり、あるいは、怒りを晴らすために復
讐したり、という、犯罪者の方も傷ついて傷つ
いて、(これは犯人も可哀相だ)と、不幸な時
代に生まれた登場人物たちの理不尽な人生に、
読者も共感し、感動したものです。
 終戦が1945年。それから数年は食べるのに
困る、生きるだけでいっぱいいっぱいの日が続
いたと言います。私の親の年代はそれを経験し
ている。だから、あれらの小説や映画の登場人
物と似たような境遇の人を目にした人も多いで
しょう。そして20年が経って豊かになって、
私の年代が知っている日本には暗い影はなかっ
た。少なくとも子どもである私には、日常に戦
争が残した暗い影は見えませんでした。戦争か
ら帰ってきた負傷兵が町のあちらこちらでアコ
ーディオンを弾いて物乞いをしていたのが唯一
の名残だったでしょうか。
 そんな時代に、あれらの小説が映画やドラマ
になってヒットしたのは、私たちの親の世代が
(あの時代はそうだった)と、(あの頃に、隠
したい過去をもつ人はたくさんいる)と、共感
したからだろう、と思います。そして、それら
の映画や小説に、多感な頃に触れた私たちも、
経験をしたはずのない戦後の暗さをリアルに感
じて、登場人物に同情したり、共感したり、運
命や時代の理不尽さに驚き、心が震えるような
感動を覚えたのだと思います。あの理不尽さは、
何でもハッピーエンドにしてしまうディズニー
の母国である米国にはありません。
 しかし、今の若者は違う。過去にアメリカ人
の情婦だったことのどこに、人を殺すほどの動
機があるのだろうか、と、不思議に思うのでは
ないでしょうか。
「そんなの過去のことじゃん」
「生活のために、しょうがなかったじゃん」
といことです。テレビで赤裸々に、過去の「や
んちゃぶり」を自慢するような世の中だし、犯
罪を犯すほどのことは無いんじゃないの、と。
 もちろん、私も合理的でさっぱりした性格で
すから、そのとおりだと思うし、人を殺すほど
の事情なんかあってはいけない、と思うけれど
も、子どものときに昭和の暗い作品を見て感じ
た共感を、今の時代の人々が感じられないとし
たらそれは寂しいことです。
「人を殺したやつは悪い」
「人を殺すほどの事情はありえない」
それは正しい。でも、ほんの少し、(そういう
気持ちもあるかもしれない)と、小説の中の犯
人の心理や犯した間違いに寄り添える世の中だ
ったら、どんなに生きやすいだろうと思う。
 個人的な問題である芸能人の不倫や、ちょっ
とした交通事故が、薬物事件が、社会全体から
しつこくバッシングされる世の中も何だかおか
しい。当人は、たとえ、それが表ざたにならな
くても辛くて傷ついて、弱い自分をもてあまし
て、制裁を受けていると思いますよ。しかも書
類送検までされたのなら、もう、十分です。そ
れを誰も彼もが聖人君子になって、偉そうに、
他人の犯した間違いを「『絶対に』悪」と決め
つける、そこには何の想像力もないし、人とし
ての何かが欠けていると思うの。
 そりゃ、悪いことは悪い。殊に犯罪は悪いこ
とに決まっていますが、それを簡単に、どこま
でも糾弾して、切り捨てる反面、戦時中の情婦
が抱えていた闇を、闇と思えそうもない軽くて
明るい世の中が、私はちょっと怖いんです。
 人間なんてものは、皆、弱くて、誰でも間違
いを犯す可能性があるはずですよ。本当に爬虫
類並のバカじゃなかったら、そういう間違いも、
当人しかわからない闇も、切り捨てずに想像で
きるはずでしょう。どこまでも強く正しく明る
くあろうとするから、病も増えてくるんじゃな
いの?「臭いものに蓋」的な世の中。聖人君子
によるマスメディアのバッシングやネットの炎
上は、大嫌いです。
 で、元に戻るけれど、「人間の証明」、久々
に民放ドラマ、見てみようかな。でも確かに暗
すぎる。本を読むくらいにおさえておきますか。

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by akira_dai | 2017-03-31 23:35 | Comments(0)

息子が生まれた日

 ここ数日、実は鬱々していて、今日も息子が
友達と遊びに行ってしまってから鬱々していた
のだけれど、そうだ、今日は彼が生まれた日だ。
どんな日だっただろう。
 そう、桜が咲いていました。朝から雨が降っ
ていたので、雨に桜がたくさん散りました。ま
だ、出産直後の育児がそれほど大変になるとは
想像していなかったので、(退院するまでに桜
が全部、散ってしまわないといいな)と、のん
きなことを思ったものです。
 出産するまではお腹が大きくて苦しいだけな
ので、いくら腹を蹴られても、これから人間を
1人、育てるなんて実感はありません。それよ
りも、太りすぎてはいけない、とか、塩分をと
りすぎてはいけない、とか、自分の腹の中の子
どものために、日々、気を遣う毎日でした。
 そして、出産のとき、産声を聞いた瞬間だっ
てその後の大変さを想像することもできません。
何しろ出産自体がなかなか大変なのに、まさか、
その後、夜も眠れないような日々が2、3か月
も続くとは。実家にもパパの実家にもお世話に
ならずに自分だけで過ごしたので本当にきつか
ったです。最も、私は無痛分娩で楽だったので、
産後の肥立ちは楽だったと思います。
 息子の産声は立派でした。そのとき、出産室
にいた他の誰よりも大きな声で、ギャー――と
泣きました。看護師さんがきれいにしてから私
の腕に抱かせてくれて、温もりがとても温かっ
たことを覚えています。思わず涙が流れました。
誰に対するものかわからないけれど、感謝の気
持ちでいっぱいでした。産みたくなかった私が
そうなったのですよ。不思議です。
 次の日からは、産院で育児教室みたいなもの
が毎日あり、ミルクの作り方、おむつの変え方、
お風呂の入れ方、など、まるで教習所のように
時間割の決まった毎日で、その合間に母乳をあ
げるので休む暇はありませんでした。病院から
一歩も出られない日々、窓から見える桜だけが
慰めでした。
 出産の日は、雨が降って桜が散って、お世辞
にも良い天気とは言えなかったけれど、退院の
日はピカピカに晴れて、自宅に帰って車から降
りると、眩しくて目が開けられないくらいの陽
射しが降り注ぐ中で、満開の桜が花吹雪のよう
に私たち3人の上に舞い下りてきて、本当に神
様に祝福されているようで素直に幸せな気持ち
でした。
 あの時のパパと私の不安と戸惑い。こんな小
さな命を育てられるのだろうか、と、ドキドキ
した毎日。今でこそ、生意気で、言うことをき
かない、運動も勉強もできない困った奴ですが
あの時は、ただただ、小さくて、無垢で、ふに
ゃふにゃと頼りない、かわいい、とも言えない
ような、簡単に壊れてしまいそうな、小動物み
たいな不思議な生き物でした。あの時の新鮮な
驚きと不安と家族になった喜びを、私を含めて
多くの人はどうして忘れてしまうんだろう。家
族のスタートのときに抱いた何ともいえない新
たな気持ちが、日常の忙しさや煩わしさに埋も
れていってしまうのは何とも寂しいものです。
 今日から13年目が始まります。彼の未来が
あの退院の日のように、明るく、日射しがいっ
ぱい降り注ぐような、桜が満開になるような、
祝福されるものになればいいな、と、心から祈
っています。きっと、私たちの未来も、皆さん
の未来も、親というものは、かつては、そんな
風に祈ったのではないでしょうか。運命や状況
で家族がうまくいかなかったとしても、自分の
力で幸せに向かわなければいけません。自分を
信じて、私たちも、雨の後に陽射しが降り注ぐ
ような人生になるように心がけたいものです。

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by akira_dai | 2017-03-31 01:55 | Comments(0)

 先日、息子が夕食中に、
「Tの親父ってひどいんだぜ。お母さんが
亡くなって、自分じゃ育てられないからっ
てTを婆ちゃんにあずけてたくせに、ある
日、突然、迎えに来て、知らないおばさん
に会わせて、再婚しちゃったんだって。」
と、突然、面白い話を始めた。
「もしや、その、おばさんって、今のT君
のママじゃないの?」
と私がきくと、息子は、まあ、そうだ、と
苦笑しながら頷いて、
「一度、子どもを捨てておいて、突然、再
婚するから、って、自分勝手でひどくねえ?
で、Tは、今、そのおばさんと一緒に暮らし
ているけれど、婆ちゃんとは会わせてもらえ
ないんだってよ。」
と憤っている。
 なるほど、酷い話だ。もう少し、発展さ
せれば昼ドラになりそうだ。しかし、私は
T君のママを知っている。彼女は彼女で、
離婚した後、彼氏はいたかもしれないが、
長いこと正式な夫はいなかった、と聞いて
いる。離婚もそうだが、その後の恋愛に関
しても非常に決断力がある人に見える。や
はり10代の子どもがいる。年は私とまっ
たく同じだ。
 そして、ここが肝心なのだが、T君にとっ
ては、彼女は、
「ある日、突然、会わされた知らないおば
さん」
だったかもしれないが、T君のお父さんと
そのおばさんは、ずっと前から、この地元
で幼馴染として過ごした友達で、突然、恋
に落ちて思いつきで再婚したわけではない。
20年ほど離れていた時期もあるが、その
後、再会して、つかず離れずの長年の付き
合いなのだ・・・って、今、書いてて思っ
たけれど、20年とは長く見えるけれど、
あっという間ですね!怖い、怖い!それは
ともかく、つまり、彼らは、T君が生まれ
るずーーーっと前からの友人なのである。
 しかし、哀しいかな、その20年の間に
生まれた20歳にもならない子どもたちは、
そんな歴史を知る由もなければ、想像する
余裕もない。お父さんとおばさんが何十年
も前からの仲良しでも、T君にとっては
「突然の」「知らない」、お母さんとは違
う「おばさん」なのだ。これは、おばさん
の方も悲しいな。
 私は、
「少なくとも、お父さんはT君を捨てたわ
けじゃないんだよ。捨てたなら迎えに来な
いわよ。」
と息子をたしなめた。
「そうかな。12年も放っておいて?」
「その間、お婆ちゃんに養育費は出してい
たんじゃないかな?」
「でも、ひどいよな。突然、知らないおば
ちゃんと住むことになって、婆ちゃんに会
えなくなるなんて。」
・・・そのあたりの事情は、もう、当のご
家族しかわからない。実の婆ちゃんに会え
ない、会わせない、というのは、余程の事
情があると思われる。他人が口を出すこと
でもない。小説好きな私としては、色々な
妄想がわいてくるけれど。
 大人の事情と子どもの事情は違う。私は
T君のお父さんと現在のお母さんの再婚は
何はともあれ良いことだな、と思っていた。
けれど、息子の話だけを聞けば、(T君が
かわいそうだなあ)と思う。無責任なよう
だけれど正直な気持ちだ。同じ中学生だっ
たら、「大人は勝手だ!ひどい!」と、断
固、糾弾したことだろう。子どもがもっと
大きくなるまで待つべきだったのか?いや
いや、結婚とはシステム、制度だからね。
未成年の子どもがいる今だからこそ、再婚
したんだと思うよ・・・。
 確かに、お父さんとおばさんの関係をい
くら説明しても10代にはわからないだろ
うなあ。T君よ、今、もしも好きな女の子
がいるのなら想像してみなさいよ。その
子と数十年後、一緒になる可能性を、、
、って、無理だよなあ。特に男子にはそん
な想像は無理。可哀相に。
 人生は何があるかわからない。T君は、
今はちょっと荒れているみたいだけれど、
彼の未来にも想像しないような面白い楽し
い出来事があるといいな、と、秘かに思っ
ている。T君、ここは荒れずに、ふてくさ
れずに親を見返すがごとく勉強しろ。運動
でもいい。そういう努力が君の未来を支え
るんだよ。20年はあっという間だぞ。



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by akira_dai | 2017-03-29 18:03 | Comments(0)

太陽のような人

 「太陽のような人」というと、すごいよね。
ものすごく人間のできた明るい人を思い浮か
べるでしょう。で、これを読んでいる人の中
には彼のことを知っている人もいるし、ちょ
っとそんな風に彼を褒めるようなことを言う
のは癪なんだけど、この前の土曜日、家に妹
が来たときに、そういう表現をしたことにハ
ッとしたので。
 彼は小学校で4年間、同級でした。前半の
2年間、私は彼が大嫌いだったのですよ。地味
な私は目立った彼と話したことがありませんが、
とにかく彼は授業中でも休み時間でも大きな声
で思いついたことを、先生に対しても友達に対
しても遠慮なく言うので、同じ教室にいれば彼
の声は聞こえるわけ。
 で、ちょっとしたもめごとについて学級会で
話し合うときにも発言が積極的で何しろ弁がた
つ。が、内容は子どもだけに自分に有利なよう
に議論をもっていく傾向があって、それを私は
(ずるい。)と思ったり、(それは何かをすり
替えている)と思ったりして、だけど内気で何
も発言できないものだから、彼が言いたい放題
言うたびに、イライラしていたんです。ある意
味、自分に対するイライラが彼に対する嫌悪に
なっていたのかもしれません。もっとも発言し
たところで負けたと思います。何か違うんだけ
れど、頭の回転が速いのか、想定外の理屈が出
てくるんですよ。
 しかし、後半の2年では、だんだん、見直す
ことが増えました。(おや?何か、今回はまと
もな、皆のためになる意見を言ってるんじゃな
いか?)と。でも相変わらず話す機会なんてな
いし、たまたま放課後に近所の公園で会うこと
はあっても一緒に遊ぶわけでもなく、、、ああ、
1回、すべり台の上から立小便をされて、危う
く頭からかぶりそうになったという汚い想い出
はありますが、、、とにかく卒業でお別れとい
っても何ら寂しいこともなく忘れていたのです。
 で、大人になってから、ぼちぼち、会うこと
が増えたものの、何しろ大昔は嫌いだった相手
なのでかえって気楽で、会わなくなってからも
やはり寂しいとも何とも思わず今に至るんです。
しかし、今になって、過去の写真を見ると、子
どもの時も大人になってからも、何だか彼の周
りだけ輝いて見える・・・。で、今や、照れる
年でも構える年でもないせいか、
「あらー、太陽みたいだね。」
と素直に口に出していたのでした。何だろうね、
劣等感や後ろめたい気持ちが何もない空気?イ
ケメンだとかそういうオーラじゃないんだな。
とにかく明るいのよ。まさに後光が射している
ような明るさです。
 しかし、よく知っている相手だけに、「太陽
みたい」は褒めすぎだと思って、悔しいし、公
には話していなかったのです。
 そしたら、土曜日、妹が家に来たときに、彼
の写真を見つけて、
「あっ!○○君、昔、本当に太陽みたいだった
よね。ちょっとカッコよかったよね。」
と言ったのです。え?妹は当時からそう思って
いたの?とビックリ。まあ、「カッコよかった」
と思ったことは私は一度もないけれど、そう思っ
ている女子は確かに数人、いました。
 私はちょっと驚いて妹に対してききました。
「太陽みたい、、って、やっぱり思う?」
「思ってた、思ってた。影が全然なくて、明る
くて、パワフルでさ。」
・・・そうか。小学生の頃からそうだったのか。
 ちなみに私は陰と陽のどちらかといえば、も
ちろん陰です。月と太陽のどちらかといえば、
月です。暗いんです。だから、太陽のようだ、
と評される人が羨ましいんですよ。あればかり
は天性だ。作ってできる空気ではない。そうい
う笑顔も作れない。親から受け継いだものなの
か、育ちなのか、本当に不思議。彼には悪いけ
れど、学歴とかキャリアとか、そういう鎧みた
いなものは彼には一切ないんです。ただ彼とい
う人間が備えた明るさとパワーと自信なんだな
あ。相変わらず私が思いもつかない発言をする
しね。それだけに、たまに、文句を言われたり
意見されたりすると、こちらはムッとしたり、
(さすが)と思ったりします。何の遠慮も裏も
構えもない(私だからか?)。
 しかも、文句を言った後でも、それを打ち消
すほどの明るさと屈託のなさがあるんですよ。
あればかりは才能だなあ。ちょっとずるいなあ。
私には絶対的に無いものをもっているとても羨
ましい人です。今年中に会えるかもしれません
が、今、会っても太陽みたいかなあ(笑)。見
た目はともかく、メッセージでちょっと話した
感じは変わっていませんでした。なかなか無い
ことなんですが、彼が出てくると、私の出番は
ほとんどありません。彼のペースですね。はい
はい従いますよ、という感じです。そう、小学
生のとき、低学年のときに感じた時のまま、彼
と違うことを発言するのは面倒くさい、と、今
でも思ってしまうんですね(笑)。

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by akira_dai | 2017-03-28 15:01 | Comments(0)

「家」より「個」の時代

 先日、よく知っているお婆ちゃんが、
「子どもたちのために、夫(お爺ちゃん)
の実家とは縁を切らなければいけない。」
と決心したのですが、少々、遅すぎやしないか
と、私は冷ややかに見ています・・・その縁を
切るために、結局、大変になるのは子どもたち
なので。でも、確かに、その爺ちゃんの親戚は
皆さん手や金がかかるばかりで、子どもたちに
とっては物理的にも心理的にも負荷になる一方
で、逆に、その子どもたちが困ったときには何
ら力になることはないので、縁を切った方が子
どもたちのためなのです。しょうもない親戚と
いうのはいない方がマシなんですね・・・。甥
っ子、姪っ子に間接的にたかるような親戚です。
信じられません。
 じゃ、親戚はいない方が良いかというと、た
ぶん、そんなことはないよね。金や力がなくて
も、普通は、心理的には支えになることが多い
でしょう。親が亡くなったときに駆け付けてき
てくれたり、励ましてくれたり、というのは、
何てことはないことだけれど癒されますよね。
そういう普通の親戚がいるというのは幸せなこ
とです。しかし、そういう大変な時にも、支え
るどころか弱みにつけこもうとする親戚なら、
いない方がマシです。
 そういう意味では、我が家の息子は一人っ子
なので良いやら悪いやらです。親がいなくなっ
たら孤独になってしまうのがかなり心配。従兄
と従妹が1人ずついますが、やはり、ちょっと
遠い。でも、逆に、彼らが「ろくでもない親戚」
になる可能性があるとしたら?うちの息子が彼
らに迷惑をかける可能性があるとしたら?そう
いう場合には、関係が遠いから、気楽かもしれ
ません。
 結婚も、最近、離婚が多いのを見ていると、
何だかなあ、、という感じで、昔は「一人は心
細い」と直感的に思ったものだけれど、本当に
いない方がまし、という、親戚や家族は存在す
るものなんですね。そして、とにかく縁を切り
たいという人間と縁が切れないのは精神衛生上、
非常に良くありません。そのお婆ちゃんも長年、
我慢に我慢を重ねて、爺ちゃんがいなくなって、
それでも我慢して、でも、子どもたちにまで負
担をかけるのは不味い、と思って、いよいよ寿
命を感じて
「夫の親戚とは縁を切る!」
と決断したのでしょう。
 かつては、日本では「家」が中心で、長男が
しっかり家と墓を継いで、名字を残して、親戚
をまとめていく、というのが基本的なスタイル
でした。私は意外と保守的なので、それがある
べき姿で、イザというときには、親戚皆で集ま
って、大きな困難や不幸に対しては助け合うべ
きだと思っているのですよ。でも、それは独り
ではできません。親戚全員がそう思っていない
とボランティアのようになってしまいます。さ
らに、本当は男の人にしっかりしてほしいし、
父親が一番偉い、という家族が理想的だと思う
気持ちもあるけれど、今はそれも現実的ではあ
りません。すべてが昔とは変わってしまいまし
た。私自身も保守的な考えをもちながら、やっ
ていること、言っていること、すべてが、昔、
会社の外人に評価されたとおり、最も「modern」
なのです。何しろ、イザというとき(どんな時
?)には家出も辞さない覚悟で働いていますし
ね。これって保守的とは言えないよなあ。
 今は「個」の時代です。お金がかかるからと、
葬儀も簡素に済ませ、継ぐ人云々の前に手がか
かるからとお墓もしまって、結婚式のお披露目
もなくても良いし、とにかく、お金や手間がか
からないように、面倒な親戚付き合いも少なく
するように、という風潮があります。確かに合
理的です。でも私は古い人間なので、そういう
風潮を疑問に思うし寂しく思います。
 便利だし、お手軽だけれど、何か違う気がす
る。でも、面倒くさいだけの親戚付き合いなら
何とかできても、心理的&物理的に「負担」に
なるような親戚とは付き合えません。私は親戚
に対しても友達に対しても力になれるように頑
張りたいと思っているのですが、さすがに一方
的に負担をかけられたら、自分の生活ができな
くなってしまいます。友達くらいの距離感が良
いのかもしれないなあ。
 たとえ、このまま、米国のように「個」の時
代になっても、身近な人たちや信頼できる友達
とは支え合っていきたいものです。だって、皆
が皆、自分のことしか考えてなくて、お金や手
間を優先して、得することだけを考えて動く世
の中なんて寂しいでしょう。多少、お金や手間
がかかっても、人との関わりがあった方が良い
と思うんだな。その「多少」のバランスが難し
いんだけど。
 そうそう、「遠くの親戚より近くの他人」と
言うくらいだから、親戚がダメでも他人と、そ
れ以上に良い関係が築ける人もいるでしょうね。
「個」の時代にシフトしても一緒にがんばりま
しょう。

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by akira_dai | 2017-03-27 15:34 | Comments(0)

好き好き♪な芸能人

 今日は日曜日。そう大河ドラマの放映日で
す。そして、今年、ブレイク必至なのが、そ
の大河ドラマに出演している高橋一生君です
ね。私としては、全然タイプではないのです
が、やはり、これだけドラマで「おいしい役」
を演じているのを目にし、CMのお茶目な姿
や繊細で優しい言葉に多く接すれば、(いい
かも、好きかも)と思ってしまいます。くり
返しますが、全然、タイプじゃないのに!で
すよ。好感度というのでしょうか?好ましい
姿を見たり言葉を聞いたりする頻度が高いと
好きな気がしてくるんだね。心理学でも接す
る頻度が高いと好意が高まるという説がある
くらいだから、これが恋の基本心理なのでし
ょう。dTVのCMなんか本当に惚れそうになっ
ちゃう(笑)。
 ところで、ブレイクを狙っている俳優さん
が演じる役所は決まっています。彼らは、ま
だ主役はとれないし、ヒロインの相手役もち
ょっと無理なので、ヒロインを影で支える健
気な役を演じることが多いのですよ。
「あすなろ白書」のキムタクしかり、「花ざ
かりの君たちへ」の生田君しかり、「昼顔」
の斎藤工君、しかり、です(どのドラマも見
ていないけど、なぜか知ってる)。まさに、
「あすなろ抱き」ポジションです。
 私の大好きな向井君は「ハチミツとクロー
バー」で未亡人を支える役でした。そういえ
ば、このドラマの主人公は生田君で、ここで
もヒロインにかなわぬ恋心を抱いて悶え苦し
む役でした。そういう一途で、シャイで、女
が振り向かなくてもずっと見守って尽くしち
ゃうタイプが女子は好きなんだね。現実には
絶対にいませんよ。少女漫画の世界です。
 で、高橋一生君は、現在、NHKの大河ド
ラマでヒロインの直虎に恋心を抱き続けて、
影ながら支える家臣を好演しています。これ
がまたものすごく賢くて地味ながら頼りにな
るところが私のタイプ。しかも、ちょっと意
地悪なところも素直じゃなくてかわいいし。
でも、それは役柄なのでおいておきましょう。
非常に個性的な顔立ちなので、1回見れば覚
えてしまうタイプではあります。
 実は、私は、前から顔は知っていました。
彼もここで急に出てきたわけではないのです。
民放のドラマに目立たない役で出演していた
のを何回か見たことがあります。頭の良いエ
リートとか繊細で神経質な男性の役だった気
がする・・・。
 いつも思うのですが、ブレイクした人たち
はブレイク前の方が魅力的です。ブレイクし
た後はどうしてもキャラ作りが先に立ってし
まって、地味な頃を知っているとつまらなく
なってしまいます。私だけなのかな?軽く見
えるというか。
 向井君だって無名の頃は見栄えの良い、誰
だかわからないミステリアスな男の子だった
のに、番宣でグルメやらトークやらの番組に
出演するたびに何だか軽くなっちゃって。斎
藤工君だってNHKの大河で京極高次を演じ
ているときはキリリとして硬派でかっこよか
ったのに、今や色男の代名詞だし、がっかり。
それが作られたキャラだとわかっていても、
やはりミステリアスな部分があった方が魅力
なのでは。でも、それじゃ、売れないか。
 で、タイプではないし、好きというほどで
はないけれど気になる高橋一生君。まだブレ
イク前なのでミステリアスな部分が残ってい
ます。たぶん、今が私の中でピーク。これか
ら売れっ子になったら、どんなキャラになる
のかなあ。天然ボケキャラでいくのではない
かと睨んでいるのですがどうでしょうか・・
・・どうでもいいですね。
 私は基本的に芸能人には興味がないので、
今まで(ステキ!カッコイー!)と思った芸
能人は竹野内豊さんと向井理君だけです。芸
能人に興味がないこの私がステキ!と思った
人は必ず売れる!(はず)。高橋一生君は、
それほど「好き好き♪」という感じではない
けれど、斎藤工君や西島秀俊さんに感じた、
「おや?!」という驚きを感じて気になって
いるので、間違いなく、テレビへの露出が増
えてくるでしょう。それはそれで楽しみです。
 でも、希にしかいないからこそ、「好き好
き♪」と思うような、無名のカッコイー俳優
さんが登場しないかな~、と、期待していま
す。そういう人を、皆が知らないうちに発見
したいなあ・・・なんて言いながら、そもそ
も民放はほとんど見ないので発見できません。
今後もNHKに期待するしかありませんね。

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by akira_dai | 2017-03-26 18:45 | Comments(0)

 カフカの「変身」という小説があります。
冒頭でいきなり、主人公が虫に変身してし
まう、という、非常に理不尽な物語で、ま
ず、その「理不尽ありき」でストーリーが
進むので、その理不尽を受け入れないこと
にはまったく面白くない。しかも何の救い
もない話です。
 それはともかく、私は、先日、ふと自分
の顔を見て、まさに「変身」の主人公の如
く戦慄したのであります。
(!!おじさん顔になっている!)
それで、どうしてそう見えるのか、と、色々
考えに考えて、まあ、アラフィフだからそれ
相応に老けたのは仕方がないとして、とりあ
えず、男らしい眉毛を何とかしようと思いつ
いたのです。
 で、今日、お休みしているパパに、相談
したのでした。
「おじさん顔になってるよね。私、女子に
見えないよね?」
と。パパが興味なさそうに、
「うーん、、」
と首をかしげるのを無視して、さらに私は、
「というわけで、眉毛をちょっと少なくし
てみようかと!」
と、指をはさみの形にしてチョキチョキと
いう動作をしたのです。彼にとっては、ど
うでもいい相談だったと思います。それは
わかっていたけれど、ニヤニヤして、
「それさ、眉毛のない、さらに怖いオジサ
ンになっちゃうだけだじゃないの?」
と・・・それって、もしや、「宇宙戦艦ヤ
マト」に出てくる科学者の真田さんみたい
な・・・?いや、あれは、怖いというより
賢い、だな。いやいや、そういうことじゃ
ないんだよ、私が目指しているのは。
 と思いながらも、「怖いおじさん」を想
像して悔しくも爆笑してしてしまったので
す。しかし、ここは怒るところと思って抗
議しました。
「っていうかさ、『怖いオジサン』っての
は、ないんじゃないの?もうちょっと、フ
ォローしても良いと思うんだけど!」
「・・・男には見えない。絶対に見えない。
大丈夫だよ。大丈夫!」
そうじゃない、そうじゃないんだよ!
「男に見えない」のは当たり前じゃないか。
もう少し、何かこう、女子が喜びそうなお
世辞を言えないものか!一応、あなたの妻
ね、私は。男に見えたら困るでしょう。
 で、鬱々としたので、今度は、学校から
帰ってきた息子に、
「最近、母ちゃん、おじさん顔になってな
い?」
ときいたのですよ。そしたら、
「は?おじさんには見えねーよ。」
と言うので、私はホッとした。そして、次
の言葉を期待した。しかし、結果は・・・
「ばばーだな、ばばー!」
・・・チーン・・・・もう立ち直れません。
ひどいなあ。赤の他人にそう言われるのは
しょうがないけどね、家族くらいは、もう
少しフォローというかお世辞というか、持
ち上げてくれても良いと思うの。これから
まだまだ老いていくわけだからさ!
 と言いながら、『怖いオジサン』発言に
は本当に爆笑しました。もう、この際、
『怖いオジサン』になっちまおうかなあ。
どうせ、この年まで女扱いされてこなかっ
た私ですので!
 しかし、問題は再来週の高校の友達との
会合です。どんな男友達よりも辛辣で厳し
く、歯に衣着せない彼女たち。彼女たちと
会うまでに、少し小奇麗にしておかないと
いけません。まだ2週間もある・・・。多
少、何とかしよう。
(本当は、そんなに落ち込んでいませんの
で、ご安心を!)

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by akira_dai | 2017-03-26 00:09 | Comments(0)

同情より共感

 息子の親友の双子が不登校になって、はや、
半年以上。実は年明けの1日目だけ、お兄ちゃ
んのF君の方は登校できたのですが、それきり
です。最近は電話をかけても誰も出ないので、
息子もすっかりやる気をなくして、
「もー、あいつは学校に来なくてもいい」
と怒っています。寂しさの裏返しですね。
 それで、その双子のママは、私と同じ広報
委員だったので、先日の委員会の日に、私は
きいたのですよ。
「もしかして、電話の鳴る音がプレッシャー
になっているのでは?うちの息子に、電話を
しないように言った方が良いのかな。」
と。そしたら、
「確かに電話に出るのを嫌がるのだけれど、
全然、電話がないのも寂しい気持ちもある
みたいだから、そちらに任せるよ。」
と言われたのです。確かに、もう中学生で、
親が指示して、あーしろ、こーしろ、と言
うのも変なので、息子に任せることにしま
した。息子は怒りながらも、あきらめられ
ないらしく、時々、電話をしています。
 最近は手紙を届けに行っても誰も出てこ
ないのでポストに手紙を入れて帰ってくる
そうです。しかし、昨日は、双子弟(息子
とは別のクラス)のH君の方が出てきてく
れて、少し喋ったそうです。彼は
「明日、俺は登校する」
と言ったそうですが、結局、今朝になって、
迎えに行っても出てこなかったそうです。
今日は終業式だったので、午後はそのH君
と遊ぶ約束もしていたのですが、結局、そ
れもキャンセルされてしまいました。そん
なことにも息子は慣れてしまったので、他
の友達と遊んで楽しかったようですが、前
にも書いたように、その双子には私は期待
しているので、来年度からは元気に登校し
てほしいな、と、心から祈っています。
 先日の広報委員会には、久々に、その双
子のママと一緒に参加したのですが、あま
り根掘り葉掘りきけないし、励まし方も難
しく、かといって、腫れもの扱いも変なの
で、会うまでは本当にドキドキしました。
 彼女は元々さばさばした性格なので、
「もー、男の子って難しいわよね!」
と言いながら、自虐的に、
「学校に行ってるというだけで立派よ。」
と繰り返していましたが、それに対して、
どう返事するのかは、なかなか難しいとこ
ろです。
 友達のお母さんが亡くなったときや、息
子の同級生が亡くなったときもそうですが、
何と言って良いかわからないような不幸な
状況では、もう、素直に、自分の気持ちを
口に出すしかないのでしょうね。変に励ま
そうとか、聞きだそうとするのではなく、
「私も悲しいの。そして、応援しているの」
という気持ちをそのまま伝えるしかありませ
ん。双子のママには、私が彼らに期待してい
ること、そう思う根拠を素直に伝えました。
その言葉に嘘がなければ、気持ちは伝わると、
最近、私は思います。同情ではなく共感が大
切なのかな、と。もちろん、無理に共感する
ことはできませんが、ちょっと難しい状況の
人に対しても自然体で接すれば良いと思いま
す。
 この不登校に関しては、4月に心機一転、
解決すると良いな。きっと息子は、また、双
子のどちらかと同じクラスになるんだろうな。
今日の成績表にも、
「人を思いやって人のために行動できるとこ
ろがすてきです。」
と書いてありました。そうやって見てくれて
いる先生や友達がいることは幸せなことです
ね。私もがんばろう。

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by akira_dai | 2017-03-24 18:04 | Comments(0)

音楽の才能あり!

 先日、別のブログで小田和正さんの「ラブ
ストーリーは突然に」を紹介したので、突然
それを聞きたくなって、古いCDをひっぱり
だして聞いていたんです。そしたら、息子が、
「後ろの歌を聞いてると、ベースが一番、簡
単そうだね。」
と言うので、バンド経験者の私は、
「それは違う!ベースが一番、難しい!バン
ドの要なんだから!ドラムスとベースがしっ
かりしていないと成り立たんのだぞ!」
と全否定したんですよ。
 それで、カシオペアの「Misty Lady」(FB
にアップ済み)という、非常にベースが聞こ
えやすい曲を聞かせましたら、
「すげー!どうして、こんなんが弾けるんだ」
と、私の想像以上に息子が感動しまして、こ
れを機会に生まれて初めて何かに夢中になれ
るのではないかと、一生懸命、
「ベース、習いなよ、やってみなよー」
と勧めているのですが・・・無駄なようです。
 私はもともと、音楽の才能は皆無で、リズ
ム感なし、絶対音感も中途半端、音痴で、バ
ンドのお手伝いをする前は、音楽を聞いてい
てもバックの音が全然聞こえませんでした。
主旋律しか聞いていなかったのです。しかし、
バンドを始めてからは、やたらと後ろの音、
特にベースの音が聞こえるようになりました。
当時、一緒にバンドで鍵盤を担当していた、
最も仲の良かった男子と、
「そうだよね。バンドやるようになると、急
に後ろの音がはっきりと聞こえるようになる
よね!」
と盛り上がって、とても楽しかったのを覚え
ています。今迄、聞こえなかった音が急に聞
こえるようになったのですから!
 彼は私のピアノが上手いといつも尊敬して
くれましたが、私は彼の方が才能があったと
今でも思っています。ピアノを習ったことの
ない彼でしたが、リズム感が抜群で、コード
だけ見れば、「いい加減に」ソロを作ること
ができました。だから、演奏のたびに弾くメ
ロディが違うんです。しかも鍵盤の音が繊細
で、私のピアノがカチコチに楽譜どおりだっ
たのに比べて、彼の弾くピアノには情緒があ
って、お祭り騒ぎのように楽しく盛り上がる
こともあれば、時に悲しく切なく訴えてくる
こともあるのでした。指が譜面どおりに動く
とか、正確にコードをおさえられるとか、そ
んなことではなく、こちらの内側に入ってく
るような演奏を「上手い」というのだな、と、
実感したものです。
 で、私は、うちのパパと息子には、そうい
う才能があると、密かに思っているのです。
パパは楽器は、若い頃にちょっとギターを弾
いたことがある程度ですが、歌がとても上手
いし、息子はリズム感が良くて、小学生の時
は器用にドラムスを担当することもありまし
た。私は、小学生の時に、あんな風に手足を
同時に動かすような楽器はできませんでした
ので、ドラムスやエレクトーンを自在に操れ
る人を神様のようにあがめています。さらに
息子は歌が上手く、音楽の歌のテストはいつ
も満点に近いのです。リズム、音程ともに音
痴の私の息子とは思えません。だから息子に
は楽器を一度、経験してほしいのです。
 楽器は集中することで我を忘れて気晴らし
になるし、何より癒されます。自分の楽器は
まさに気持ちを表現してくれる親友です。そ
ういう体験をしてほしいんだけどなあ・・・
今のところ、息子は自分が演奏する気にはな
れないようです。でも、少なくとも、「Misty
Lady」はとても気に入って、何回リピートして
も飽きないようなので、何とか、やる気を出し
てくれ!と念を送り続けている母でございます。

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by akira_dai | 2017-03-23 14:39 | Comments(0)

嬉しいプレッシャー

 病になって外出できなかった私にも、会社
にいた頃の2つのグループから定期的に飲み
会の案内がきます。1つはある会社を立ち上
げたメンバーの飲み会で、その会社の全員が
参加するものです。もう1つは私と同じ時期
にリストラされたオジサンたちの飲み会で、
このメンバーに私が入っている理由がよくわ
からないのですが、とにかく、いつも案内が
くる「仕組み」になっています。両方とも、
本当に内輪の飲み会で、場所も八王子や立川
などの田舎で、自宅からも近くラッシュもひ
どくないので、比較的敷居が低く、参加しや
すいのです。それでも、この7年、表向きは
子育てを理由に、一切、参加せず、メールで
「また今度」とお茶を濁してきました。やは
り、夜に電車で出かけて帰ってくる自信がな
かったのです。
 そして、リストラされたオジサンたちの飲
み会、昨年はなかったと記憶しているのです
が、この春に久々に「やろう!」と盛り上が
ったらしく、先月中旬くらいにメールに案内
が来たのでした。4月の土曜日か日曜日で、
場所は立川だといいます。案内メールにはリ
ンクが貼られていて、
「このリンクのカレンダーの都合の良い土日
に○、都合の悪い土日に☓を付けてください」
とありました。
 いつもは私はこのカレンダーにさえアクセ
スしません。
「ごめんなさい」
と返信してお終いです。しかし、今年の私は
一味違うので、(ちょっと前にライブで大丈
夫だった立川だし、都合が合ったら参加して
みようかな)という気分になったのです。そ
れでリンクをクリックしてカレンダーを表示
すると、そこには、既に、数人が○☓を入れ
ていて、その時点で、全員の○がついている
のは4月前半のとある土曜日だけでした。
 その土曜日は私が高校の友達と昼に集まる
予定の日で、そのまま夜も飲み会というのは
ちょっときついかな、という土曜日でした。
しかし、ここで私が「☓」を付けると、唯一、
全員が「○」を付けている日を台無しにして
しまう!と思って、その土曜には「△」を付
けて、
「私は当日にならないと都合がわからないこ
とがありますから、皆さんの都合を優先して
くださいね。」
と、一言、添えたのです。
 これまた紅一点の気遣いが必要なところで
自意識過剰かもしれませんが、オジサンばか
りだと私の都合を最優先して飲み会を設定し
てしまうことがあるのですよ。大学の同級生
も会社の同期もそういう傾向があります。大
学の研究室の歴代の集まりなんかもっとひど
くて、爺さんから現役の学生までいるのに、
「akiraさん、先生への花束贈呈係ね!」
とか
「akiraさん、受付、お願いね!」
とかで、断っても「何とか来れないか」と
お願いされるくらいです。爺さんから学生ま
でいるのに、まだ、私が紅一点扱いかい!
(いいえ、研究室の歴代なら、紅五点くらい
いるはずです)
こんな私でも女性の役割を果たせるんですか
ね?・・・光栄です・・・。理系、バンザイ。
 ま、そんなわけで、私はその土曜日に「☓」
ではなく「△」を付けて、めでたく(?)、
その土曜日は私の「△」を除いて全員が「○」
となりました。カレンダーを見渡すと、他の
土日は、誰かしら「☓」がいたので、私が
「△」を付けた日に決まるだろうな、と思っ
ていたのです。そうなったら、高校の友達と
会った後、余力があったら参加しようかな、
くらいに考えていました。
 そして、昨日、日程の案内がきたのです!
ああ・・・自意識過剰な心配が本当になりま
した。私が「△」を付けた日ではなく、私が
「○」を付けた4月後半の土曜日に決まって
いるではありませんか。その土曜日は「☓」
の人がいたのに、ですよ。これは「来い」と
いうことだな・・・。
 はい、よほどのことがなければ行こうと思
います。もう60前後のオジサンがほとんど
だし、知らない人の方が多いくらいですが、
あちらは私のことを知っているでしょう。そ
れに彼らがリストラされてくたびれていると
思ったら大間違いで、皆さん、現役で、バリ
バリ働いているから話が面白いに違いないし
色々な情報も入るでしょう。会社を立ち上げ
た人もいて個性的なオジサンばかりですから、
楽しいだけでなく、それこそ私の将来の仕事
のきっかけになるかもしれませんしね。
 これもタイミングが良いということでしょ
う!場所が、先日、日曜日の夜にライブに行
った立川。しかも、私が「△」をした日では
なく「○」をした日に決まったのですから。
ちょっとプレッシャーだけれど参加予定で返
事をします。皆、年寄だけれど、新しい出会
いもありそうだなあ。パパも連れて行きたい
くらいです(笑)。

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by akira_dai | 2017-03-22 07:34 | Comments(0)

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。