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国語の授業

 読書の方のページには書いたが、今日読んだ、「奇跡の
教室」には大正時代の私小説「銀の匙」を使った国語の授
業について書いてあり、大変な感銘を受けた。主人公が子
供の時から16歳になるまでのちょっとした出来事を描い
たこの小説は、中学生、高校生が読むのに最適で、それを
中学生の国語のテキストとして採用したというのも、まっ
たく適切だ。
 国語といえば、いつも得意だったけれど、授業そのもの
はまったくつまらなかった。勉強しなくても出来るだけに、
授業する意味がわからない。教科書を読んで、新しい漢字
を勉強し、つまらない文法や文学史の勉強。文学史はそも
そも本を読んでいるから知っているし、教科書にのってい
る小説はごく一部分で、小説の全体像がわからない。いつ
も眠くて眠くて仕方がなかった。
 しかし、小学校5、6年の先生は「銀の匙」とはまたア
プローチは違うけれども、とても良い勉強をさせてくれた
なあ、と今でも覚えている。とにかく良い先生であったが、
特に国語では読書や作文の指導を細かくしてくれて、毎学
期、必読書が10冊ほどあって私たちはそれを全部読まな
ければならなかったが、皆が図書館に殺到するから、なか
なかそれらの本の入手は難しかった。さらに、それらの中
から1冊、一番人気のあった本について読書会が学期末に
開かれて、みんなで円座に椅子に座って、心に残ったとこ
ろ、主人公の気持ち、自分だったらどうするか、などを話
しあった。読書カードという読んだ本をリストにするカー
ドがあってたくさん読めば表彰状がもらえた。私のように
読書好きな子は、作家の読書会や講演会に定期的に連れて
行ってもらって、作品の背景となった作者の経験や人生観
を聞けて面白かった。
 作文は行事ごとに書く他に、生活ノートという先生との
交換ノートがあって、最低でも週1は提出しなければなら
ず、書く内容は何でも良かった。私は文章を書くのが好き
だから毎日のように提出していて2冊のノートを常備して
いた。先生にノートを提出してしまうと手元にノートがな
くて次の日に提出できなかったからだ。
 作文や生活ノートの文章は、良いところに波線と先生の
コメント、全体の講評や感想が書かれていて、それが楽し
みだった。さらに、表現がちょっと足りないところや、文
章が不自然な所には棒線が引かれ、「どのように?もっと
具体的に書こう」とか「この時、どう思ったのかな?」な
どと添削され、その場合にはその部分を追加したり修正し
たりして、もう一度提出しなければならず、その代わり、
うまく書けると、毎日(本当に毎日だったのだ!)先生が
発行している学級新聞に作文が掲載され、それによって、
父兄たちは学校の様子を知ることが出来た。私はその新
聞の常連だったので、何となくその頃から、(文章を書
くのが好きだな。)と自覚するようになったと思う。
 小学校の5、6年という大切な時期に徹底的に文章を書
くことと、読書を通して考えを議論するということを学ん
だことは本当に良かったと思う。教科書は覚えていないけ
れど、作文に書いたトピックスや、読書会のテーマになっ
た本は覚えているからだ。
 記憶に残る授業を受けた生徒は幸せだし、そういった授
業のできる先生は素晴らしいなあ、と思う。今もそんな授
業、そんな国語を教えてくれる先生はどこかにいるのだろ
うか。
by akira_dai | 2011-04-16 23:01

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。