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良い先生のクラス

 今日は授業参観だった。友達と一緒に下校している息子
を自転車で追い越すと、ユータ、ユータ!と、あちらこち
らから息子を呼ぶ声が聞こえてきて、何だか嬉しくなった。
思えば、息子のクラスは皆、仲良しでまとまっている。だ
から多人数で遊ぶことも多い。先生のおかげだな、と思う。
良い先生はクラスをまとめる。
 いつも、5、6年の先生の話しに偏ってしまうが、3年
の時、トラブルがあって、途中、長いこと教頭先生に受け
持ってもらったことがあった。その時、子供ながらに、
(さすが!教頭先生!)と思ったものだ。クラスはよく
まとまり、毎日楽しく、もしかして、あれが私の初恋だっ
たのでは?と思うくらい、私は教頭先生が大好きだった。
 3年になってクラス替えがあってすぐに担任になった先
生は女の先生で、声の小さい痩せた先生だった。腰まで伸
びた真っ黒な髪を後ろでいつも結んでいて、何を言ってい
るのかよくわからないことも多かった。
 私は春休みの終わりに風疹に罹ったので、新学期早々に
お休みし、そのせいで新しいクラスは不安とともにスター
トし、新しい教科書もなかなか来なくて、長いこと隣の友
達に教科書を見せてもらっていたが、それに何の不思議も
感じていなかった。
 当時の友達によると、先生は、何回も何回も、教科書の
同じ部分を繰り返し子供たちに読ませていたという。しか
し、それよりも有名だったのは、帰りの会で、必ず、当時
流行中だった「およげ、たいやきくん」を全員に歌わせる
のだった。しかも、カーテンを全部閉めて教室を真っ暗に
して。しかし、子供だった私は、それをおかしいとも思っ
ていなかったし、クラスの同級生たちも、皆で喜んで歌っ
ていたのだ。
 しばらくして、先生は学校に来なくなる。代わりに教頭
先生が授業をするようになった。今でも覚えているが、教
頭先生が一番最初にやってきた日、先生は、
「掃除をしよう。皆で教室をピカピカにしよう!」
と言って、掃除当番だけでなく、クラス全員で掃除をし、
普段はかけないワックスまでかけ、その後、机を後ろに下
げたまま、クラス全員で教頭先生を囲んで床に直接、座り、
「床がこんなにキレイになった!」
と喜び合った。先生は冗談で、
「なめてもいいくらい、キレイだぞ!」
と私たちを褒めてくれた。クラス替え早々、病気の先生
に受け持たれて暗い雰囲気だった子供たちを励まそうと
一生懸命だったのかもしれない。
 後で、学校に来なくなった先生が精神的な病気だった
こと、沖縄の実家で入院したこと、などを、何と新聞で
知った。新聞には、「およげ、たいやきくん」のことが
ひどく大きな問題のように書かれていて、私たちは楽し
く歌っているところもあったので、ちょっと不思議な気
がしたものだ。
 教頭先生が来てから、クラスは活気を取り戻し、みる
みる団結し、放課後は男子も女子も一緒に遊ぶようにな
った。近所の公園で毎日、ドッヂボール。ただし、5時
まで。というのは、当時、誰もが好きだったアニメ、
「エースをねらえ!」の再放送が5時半からで、男子ま
でもが、
「エースをねらえ!の時間だから帰る!」
と帰ってしまうのだった。毎日、毎日、私たちは公園で
ドッヂボールをしていた。
 そして、あれは、三学期だったのだろうか。新任の女
の先生がやってきた。私にとっては可も無く不可も無い
普通の先生だったが、(どうせなら最後まで教頭先生
にもってほしかった。)と思ったものだ。ついこの前ま
では自分の教室の前で授業をして、体育で一緒に走り回
って、一緒に笑ってくれる、私たちのクラスの先生だっ
たのに、今は朝礼台の横で真面目な顔をして立っている、
皆の教頭先生になたてしまった。それが私は寂しかった。
 さて、後日談だが、その新任の女の先生は、私の妹が
6年の時に担任になった。担任になった途端、前任者で
ある、5年の時の先生の悪口を言って、生徒たちから、
総すかんとなり、学級崩壊。妹たちは授業を妨害し、
「出て行きなさい」
と言われれば、全員で校庭に出て行って遊び、中には、
授業中だというのに喫茶店でお茶をしていた女子もいた
という・・・当時は学級崩壊なんて言葉はなかったけれ
ど、妹のクラスはその走りだったのね。
 だから、というわけではないが、彼女の印象は私には
薄い。子供にとって印象の薄い先生とは、もしかしたら
あまり良い先生とは言えないのかもしれない。良い先生
は印象的で、思い出が多く、クラスはまとまる。
 息子の担任の先生が良い先生で本当に良かったな、と
感謝している。
by akira_dai | 2012-01-19 16:17

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。