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8歳を迎えた息子の作文

 今日は息子の誕生日。金曜日だが、たまたま健診で、会社
を午後半休していた妹も来てくれた。もう8歳か。早いよう
な長かったような。
 来年は3年生だね~と盛り上がりながら、三学期末にもら
ってきた成績表や文集を眺める。
 この文集、二年間の思い出をそれぞれ作文に書いたものら
しいのだが、同級生の文章も文字も大変、しっかりしている。
九九の練習を、運動会の徒競走、縄跳びの二重とび、友達と
の関係などで、自分が思ったことや感動したことを書いてあ
る。と・こ・ろ・が。
 うちの息子は、一人だけ、多摩川でコオロギを捕まえたこ
とを書いていた。自分の気持ちは何もなく、コオロギを捕ま
えるための準備から始まって、最後は先生に言われて逃がす
までの経過が淡々と描いてある。(お前はファーブルか!)
と突っ込みたくなるほどの客観的描写のみで、情緒は何も無
い。もちろん、ファーブルほどの綿密さも無い。さらに文字
は殴り書きで読むのが大変だし、誤字もある。ああ・・・
これを同級生の親が皆、目にするのだと思うと恥ずかしさで
息苦しくなる。
 そんな愚痴を言いながら、母と妹に文集を手渡したら、
「いいじゃん!個性的だよ!ユニークだよ」
と、二人は大絶賛。二人が言うには、他の同級生は、テンプ
レートが決まっていて、テーマは、九九、運動会、展覧会の
作品作り、二重跳び、が多く、しかも、中身はといえば、
「練習(作品作り)をがんばった。」
という、どんなにがんばったか、という内容。ある意味、ア
ピール。その頑張りに誰が協力してくれたか、という内容。
その、あまりにも似た作文に、
「おそらく、先生がお手本として誰か一人が書いたものを示
したか、あるいは、テーマをある程度与えて、がんばったこ
とを書きなさい、というようなアドバイスをしたのだろう。」
と言う。
 なるほど、そういう目で見てみると、クラスの8割方はど
れも似たような内容だ。第一、九九についての作文が多いと
いうのも確かに不自然だ。それに、どんなに練習をしたかと
いう作文は、確かに、あまり面白くない。私もそんな作文は
書いたことが無い。
 それに反して、息子の書いた「コオロギ」。クラスで一人
である。誰もそんなことは書いていない。
「これがオリジナリティだよ!」
と母と妹はバカ受け。しかし、親としては、もう少し、捕ま
えた時の嬉しさや、逃がした時の寂しさなど、気持ちを書い
てほしかった。あるいは、コオロギの色や形、その時に見え
た景色を細かく描写してほしかった・・・と思う。
 でも、最初に文集を目にした時に感じた情けない気持ち、
暗澹とする思い、何とかせねば、と焦る気持ちはすっかり消
えた。多分、うちの子は、誰のまねもせず、先生の指導も聞
かず(いいのか?それで?)、我が道を進み、自分の意志で
自由に書いたのだ。文集全体を見渡してみるに、それは、今
時の子供としては珍しいことだし、この際、文章の上手い下
手は、どうでも良いではないか!個性だ!彼はユニークなの
だ!
 ・・・と、多少は自信を取り戻しつつも、殴り書きの読め
ない文字を見ていると、やはり、将来を心配してしまう私で
ある。
by akira_dai | 2012-03-30 23:46

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。