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先生の思い出1

 夜遅くに、文章を書くのが苦手な妹から、珍しくメール
が入ったので、何事かと思ったら、中学時代の担任の先生
が、実は7月に亡くなっていた、という内容のメールだった。
毎年、年賀状を出しているので、喪中ハガキが奥様から届い
た、というのだ。私も結婚するまではずっと年賀状を出して
いたのだが、連名で出したら、パパの名前で返事が来たので、
(先生からしたら教え子が多すぎて、かえって年賀状の返事
を出すのも大変で迷惑かもしれない)と、年賀状を書くのを
やめてしまったのだった。今になって、それを後悔しても時
は既に遅い。
 こんな風に、昔は確かにとても濃厚にお世話になり、付き
合いがあった先生や同級生の死を、後になって知ることはま
さしく「衝撃」である。もしも同じような訃報が当時にあれ
ば、全員でお参りし、自分もすぐに駆けつけるに違いないの
に、一時期は毎日長い時間を一緒に過ごした人でも、20数
年も経つと、まるで他人のようになってしまう。私にはそれ
が衝撃で、悲しくて、寂しい。しかし、あの頃、確かに、毎
日、その人の話しを聞き、時には反発を覚え、時には頷き、
受験に至るまで大変お世話になったのである。親よりも長い
時間を一緒に過ごしていた時期もあるかもしれない。
 声も体も大きい先生だった。英語の先生で、入学してすぐ
の担任。そうでなくても、こちらは入学したてで緊張してい
るのに、しずまりかえった教室の前を、右に左に熊のごとく
歩きまわりながら、時には、大きなお腹からずりおちそうな
ズボンをたくしあげて、厳しいことを言うのである。
「もう小学校とは違うぞ。ここは中学だぞ。」
というようなことを、もう子供じゃないんだぞ、ということ
を、全くニコリともしないで鬼のような表情で話すので、気
が小さい私は怖くて仕方がなかった。しかも、それが英語の
先生である。英語の先生は、細くて優しい若い女の先生をイ
メージしていたのに。
 さらに英語の指導がすごかった。ほとんど講義なしの宿題
ぜめ。毎日、教科書で学習した内容を10回、その日のNHK
の基礎英語の内容を5回、ノートに書いて提出する。さらに、
基礎英語は丸暗記しなければならず、前日の基礎英語の暗誦を
させられ、全員が順番に指名され、テキストを見ないで、基礎
英語の全文を言わされるのだ。全員がそれをやらされるから、
授業のほとんどが、それで終わってしまうことも多い。ノー
トに書き写す宿題の回数が1回でも少なかった場合には、何
と顔に油性マジックで落書きをされる。特に、おませな女子
はそれを嫌がって、英語の授業の後は、女子トイレは顔の汚
れを落とす女子でいっぱいになった。
 真面目な私は一度も油性マジックぜめに合わなかったが、
一度、腱鞘炎になって、しかし、それが腱鞘炎とはわからず
保健室に相談に行ったら、若くて美人でさばさばした保健の
先生が、
「そんな宿題は無茶!それを真面目にやりすぎる、あなたも
ダメ!バカ真面目!」
激しく怒りだした。その後の授業で、宿題が甘くなったんだか、
あるいは、私にねぎらいの言葉があったんだか、忘れたけれど、
(先生は保健の先生に叱られたんだな。)と確信した何事かが
あった。けれど、具体的には何だか忘れてしまった。
 そんなに真面目にやっていた私だが、最初の英語の成績は
3で、(英語は好きだけれど難しいものだなあ。)と思って
いた。それで夏休みも、先生の指導どおりに、基礎英語を毎日
5回ずつノートに書き、宿題を真面目にこなしていたら、ある
日、目が開いたような、何か光が見えたような、子供が言葉を
喋り始めるような不思議な感覚になって、英語の「感覚」がも
のすごく身に付いたような感じになった。
 その後は、大した勉強をしなくてもテストの得点も高く、何
だか、感が良くなったような感じで、(もしや、英語の成績が
ものすごく上がるのでは)という気がしていた。
 が、2学期の終業式の日、成績表を配る前に、我が担任であ
る先生が上機嫌に言ったのだ。
「この中に、英語の成績が1から3になった奴がいる。ものす
ごい努力だ。努力すれば、それくらい伸びるんだ。だから、お
前ら、あきらめずに勉強をしろ。1から3はすごい。」
それを聞いて、私は、
(自分は3から5にはなれなかったんだな。せいぜい4なんだ)
と、ちょっとガッカリしたのだが、いざ、成績表を手渡される
時、先生が、ひどく驚いた顔をして、
「よく、がんばったな!」
と言ってくれた。英語の成績は「5」になっていた。
成績表が全員に渡ると、今度は、先生は、
「1から3どころか、3から5になった奴がいるぞ!」
と、また話しを始めて、見習え、見習え、と言うので、私はも
のすごく恥ずかしく、しかし、真面目な私の英語の成績がまさか
「3」だったとは、先生は思っていなかったのだ、と、初めて
気づいたのだった。
 3年でも先生が担任で、ことあるごとに、
「英語の才能がある」
と言ってもらって私は嬉しかったし、あの辛い宿題のおかげで、
英語の感のようなものがしっかり身について、私は高校以降、
英語をほとんど勉強をしたことがない。それでも英語だけはい
つもトップだったのだから、それは全て中学時代の英語の勉強
の成果である。
 英語の他にも色々な話しを聞かせてくれたし、卒業後も何回か
会って、ちょっとした先生の価値観を垣間見たりした。
そんな話しの続きはまた明日。
by akira_dai | 2012-11-02 23:50

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。