ゆきちゃん

 高校の友達から、
「ゆきちゃんが死んだんだって。寂しいね」と
聞いたとき、私はショックを受けたし、悲しい
と思ったけれど、もう50なんだから、そうい
うこともあるよね、仕方がないよね、と思って、
泣くことはなかった。ただ、高校の友達が思う
よりも、私は彼女と近い関係にあったので、少
し複雑な気持ちで、その報告を聞いていた。
 ゆきちゃんとは小5、6と同じ2組で、私は例
のごとく地味なグループ、彼女は女子の中心グル
ープに属していたので、あまり接点はなかった。
それでも、そのクラスは全体的にまとまりのある
良いクラスだったので、グループどうしの対立が
あるわけでもなく、1人1人はそこそこ仲が良
かったし、一部の孤立しがちな女子も含めて、
全員が関わりあって、授業も行事も進めていた。
 グループが違うというわけで、卒業後に会う
ことはなかったけれど、隣の中学で、ゆきちゃ
んがひどく誰かをいじめている、という噂が
聞こえてきた。しかもリーダーがゆきちゃんで
数人の男子を従えて、学校で問題になるほど、
ひどいいじめをしている、と言う。いくら、中心
のグループにいたとはいえ、彼女は誰かの後ろに
ついていくタイプだと思っていたから、私は
ちょっと意外に思った。けれども会うわけでも
ないし隣の中学の話だし、その話もそのまま忘
れてしまった。
 中学を卒業して高校に入ると、何と、同じク
ラスにゆきちゃんがいた。家が近所だから、入
学式の日は、親子で地元まで一緒に帰って、次
の日から一緒に登校した。中学時代のいじめの
話は何だったのか、というくらい、ゆきちゃん
は穏やかで控えめで、むしろ、私の方が、新し
い生活の不安を励ますような立場だった。そん
な中で、ゆきちゃんの両親は離婚していること
も知った。
 そのうち、新しい友達ができると、やはり、
ゆきちゃんはちょっとオシャレな女子グループ、
私は個性的な面白い女子グループという風に分
かれて、だんだんと疎遠になっていった。
 そんなある日、お互い別々のグループで帰って、
吉祥寺で私が一人になって井の頭線に乗ろうと
したところで、後ろからゆきちゃんが走ってき
た。「一緒に帰ろうと思ってたのに」と言う。
「ごめん、ごめん。別の友達と帰ると思ってた
から。最近、あまり一緒にいないしさ」と言うと、
すがるような目で私を見つめて、ためらいがちに
「私、akiraちゃんが大好きなんだよ。だから、
これからも仲良くしてほしい」と言った。
 彼女は2人でいると、小学生時代の話ばかりし
た。遠足、社会科見学、いじめられていたA君、
男子が大喧嘩して流血した事件などなど。そして
「小学生のときは、中心グループにいたけれど
あれは、そのグループのリーダーにあこがれてて
そうなりたくて、でも、実際にはそうなれなくて
私、本当は、そういう目立つタイプじゃないんだ」
というようなことを言っていた。あるとき、
「社会科見学が懐かしいから、昨日、国会議事堂
に行って、そしたら警察から尋問を受けちゃった」
と聞いたときにはたまげた。
「そりゃ、そうだよ。そんなところを一人で昼間
にうろうろしてたら捕まるよ!」と忠告したら、
「だって、懐かしかったんだよ。あの頃が一番、
楽しかったの。」と寂しそうに笑って、だから
といって、わざわざ現地に一人で行く気持ちが
私にはまったく理解できなかった。
 そのうち、高校の女子グループがだんだんと安定
し、2年になって文系、理系に分かれると、彼女は
文系に進んで、まったく接点がないまま、卒業を迎
えることになった。しょせん、タイプが違うのかな
と、明るく振る舞う彼女を遠目に見ながら思ったけ
れど気にかけることもなくなった。
 ところが、大学に入ると、すぐに、また彼女と再
会することになる。当時、私の家には、大学受験に
失敗した「プータロートリオ」男子が定期的に集ま
っていた。そのうちの1人、K君が、DVで有名な
父親から勘当されて、無一文で世間に放りだされて
しまったのである。K君が転がり込んだのが、ゆき
ちゃんの親戚がもっていたアパートの一室だった。
既に廃屋と化しており、何回か行ったことがあるが
彼が住んでいる部屋以外は誰もおらず、共同の洗面
所もトイレも真っ暗で、到底、人が住むところとは
思えなかった。彼は無一文だったから、ゴミ捨て場
から、使えそうな家具や電気製品を拾って、自分で
派手なペンキで妙な色づけをして使っていた。バイ
トはしていたが生活は苦しく、
「でも、ゆきが、まめに食事を届けてくれて助かっ
ているんだ。」
と感謝していた。ゆきちゃんのことだから、半分、
ドラマみたいだと面白がって世話をしているんだろ
う、と何だかおかしかったけれど、ゆきちゃんが近
くにいるなら安心かな、とホッとした。そんなわけ
で、彼女とも何回かそのアパートで会ったり、プー
タロートリオと地元で飲んだり、と、まさに、ドラ
マさながらの「モラトリアム」を楽しんでいた。
 さて、就職すると、今度は私が忙しくなった。ゆ
きちゃんからは時々、連絡があって会うことはあっ
たけれど、プータローたちは実家にやってきても、
なかなか私に会うことができない。深夜残業と休日
出勤でほとんど家に帰れず、やがて、そのグループ
は解散となる。
 まだ携帯電話がない時代で、ゆきちゃんとは年に
1回くらい会っていた。小学校でも高校でも、彼女
にはもっと仲の良い友達がいたはずなのに、なぜか
私に連絡をくれる。そして他の友達と会っている様
子がない。そして、何だかやばい話をする。
「実は会社のお金を少しずつくすねている」
とか
「車のアクセルとブレーキを間違えてアクセルを
踏んで突っ込んだけれど、一緒に乗ってる男の子
たちが相手の車を脅して、ブレーキを踏んだと
言い張って逃げた」
とか、私が不快になるような話が多かった。そうい
う後ろめたい話をするときには、昔から、彼女は
ヘラヘラ笑う。
「悪いと思ってるんだよ。でも、しょうがなかっ
たの。」と、非常に軽い。
そのくせ、人間関係の話になると、突然、また、不
安そうな、すがるような目になって、
「会社の人とうまく付き合えないの。どうすれば、
いいのかな。」
と真剣に悩む。そのギャップも不思議だった。
 それから、さらに、私は忙しくなって、海外出張、
残業、また、残業となり、ほとんど家に帰れない日
が半年以上続いた。そんなある日、彼女から会社に
直通電話で連絡が入った。次に会う約束の電話なら
ともかく、彼女はそこで世間話を始めた。私は困っ
た。しかも、様子を見回っている部長が、私の左隣
に立って、電話を聞いていた。切るしかなかった。
「ごめんね、今、仕事中だから切るよ。」と私は
言って、冷たく切ってしまった。それが最後だ。
 その後も忙しい毎日で、携帯電話がある時代でも
なく、彼女に連絡することはできなかった。さらに、
不快な話もたくさん聞いていたので、(もう会わな
くてもいいかな。)と思っていた。
 昨晩、小学校で一緒だった男子とFBで話していて、
「(親が離婚して)彼女は大変だったんだろうな」
と聞いて、彼女の言動、ヘラヘラした表情とすがる
ような表情、妙に冷めていたかと思うと突然不安に
なる不安定な様子をリアルに思い出して、私ははっ
とした。寂しかったんだ・・・
 少し派手目な友達にはその寂しさを見せるわけに
いかず、少し遠い関係の、でも、子どもの頃を知っ
ている私に頼った。高校でも毎日一緒にいたわけで
はない。けれども、年に数回、自分の悪いところも
含めて、全部、話したかったんだ。もしかしたら、
最後の電話のときも、何か話したいことがあったの
かもしれない。彼女の親の離婚と、彼女の行動を
私は関連付けられず、むしろ、普段、明るくふるま
っている彼女の方を本当だと思っていた。寂しさを
受け止めてあげられなかった。
 私は泣いた。自分が申し訳ない、とか、悲しいと
か、そういうことではなく、当時の彼女が可哀相で
泣いた。学校では赤点ばかりなのに、まるでそれを
問題にしないかのように笑って、教室では友達とバ
カ騒ぎをして、いつも、忘れた頃に、私のところに
やってきた。
「実はXXちゃんが苦手なの」
「Aちゃんと同じ人を好きになっちゃったの」
「オフコースの歌がステキだから、録音してあげる」
「今日は家に来て、勉強を教えてくれる?」
「聖子ちゃんみたいな髪型にしたいの」
「akiraちゃんにかわいい洋服を選んであげたいから
一緒に買い物に行こうよ」
「今度、彼氏と、その友達とデートしようよ」
「あんなにおとなしかったakiraちゃんが、男子と
喋れるなんて信じられない」
「akiraちゃんが大好きなの」
・・・と、一言一言が蘇る。2人だけの秘密があっ
た。でも、きっと、それは高校の友達には言えない。
寂しいけれど、明日からは泣かない。しっかりして
彼女の寂しさも自分の寂しさも受け止めてがんばろ
う。

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by akira_dai | 2016-11-22 06:08

AKIRAの日常、考えたこと、など。平凡です。